第16話 僕と彼女の甘い思い出
「メリーゴーランド、馬車もあるし、馬が二頭並んでるのもあるよ-! どっちにする?」
「ええ……」
「渚沙さんはさ、なんでそんなにメリーゴーラウンド好きなの?」
二回目に馬車に乗ったとき、試しにそう聞いてみた。
「うち、お母さんいないでしょ?」
「ああ……」
確かに遊びに行ったとき、お母さんは見かけなかった。何か事情があるのかと思って、聞かなかったけれど。
「私が六歳の時に、病気で死んじゃったの。その前に、最後に一緒に乗れたのがメリーゴーラウンド」
僕は返す言葉がなく、黙って続きを聞いていた。
「だからね、根拠もなにもないんだけど……乗ってると、お母さんもいるような気がするんだよね。ごめんね、ちょっと気持ち悪いかな?」
「ううん」
僕は首を横に振った。
「……きっと、今もいるんじゃないかな」
「そうだね。お母さん、
壁の方に向かって、渚沙さんが話しかける。その背中を見ながら、僕は自然と口元が緩むのを感じていた。
降りてからは、今度はスイーツ巡りに忙しく動く。紫のコーティングがかかったチュロスとか、水色のジュースとか、真っ黄色のアイスとか──とにかく普段食べないものをたくさん食べて、変な色に染まった舌を見せ合って、僕たちは笑い転げた。
我に返れば、コンビニスイーツの方が美味しいし安いだろうに、その時は何故かそれが至上のものに感じられる。これが、遊園地の持つ魔力なのかもしれない。
僕はそれを楽しみながら、ある計画を練っていた。時刻はすでに夕方だが──それは、もう少し暗くならないとできないことだ。
「渚沙さん、他に行きたいところある?」
「あ、そうだ。お土産も買わなくちゃ!」
渚沙さんがはっと我に返った様子でショップに飛び込む。
「彩人くんも買わないの?」
「うーん……うちはどうしようかな……」
迷った末に、チョコレートが入っている大きめの缶を買った。置いておけば、気づいた誰かが食べるだろう。消極的なチョイスが実に自分らしいと思う。
土産屋でもけっこうな時間を使ったので、すでに外は暗くなりはじめていた。
「そろそろ移動しようか?」
「うん、広場だったよね」
「その前に、ちょっとだけ寄りたい場所があるんだけど」
僕がそう言うと、渚沙さんは何も疑うことなくうなずいた。子犬のようにほてほてとついてくる彼女の手を引いて、僕が向かったのは巨大観覧車の前だった。遊園地のシンボルである巨大観覧車の乗り場の前では、いい雰囲気のカップルが列を作って順番を待っている。
彼女にいいところを見せたいのか、優先レーンにすら結構人がいた。
「彩人くん、並んでたら集合時間に間に合わなくなりそうだよ……この観覧車、一周も長そうだし」
渚沙さんがちょっと顔をしかめた。でも僕は、最初からこれに乗るつもりはなかった。重要なのは、この時間にここにいること。
「……もうすぐ始まるかな」
「え?」
時刻が夜の七時を回った瞬間、観覧車のライトアップが始まった。夜の闇の中に突如白色の光が浮かび上がり、やがて時間と共にその色を変えていく。
「乗らなくても、綺麗。こっちの方が、観覧車がよく見えるね」
「うん」
「だから連れてきてくれたの?」
「……実は、もう一個理由があってさ」
出がけに聞かされた、父が遊園地を忌避する理由。それがこの、観覧車だ。
「元々ここって、地元密着の遊園地だったんだ。もちろん昔はもっと狭くて、観覧車も小さかったみたいだけど」
「そうだね。聞いたことある」
「……その前で、父さんが母さんにプロポーズしたんだって」
渚沙さんはそれを聞いて、まじまじと僕を見上げてきた。僕は、出がけに母にかけられた言葉を思い出す。
『あんたがもし
母がそう言ってさんざん話のネタにしたものだから、父は恥ずかしがって二度と遊園地に行かなくなったそうだが。それでも、両親がそんなことをしていたと知って妙に感心した。なんだかんだ言って、二人が勇気を出したからこそ、今ここに兄貴と僕がいるのだ。
「だからここに来たかったの?」
「まあ、そう」
「……ありがとう、素敵な場所に連れてきてくれて」
それを聞くと、渚沙さんはにっこり笑った。その顔が、ライトアップの中に浮かび上がる白い顔が。家族の思い出を共有してくれた顔が。
本当に、本当に愛しく思えたから。だから自分から、彼女に顔を近づけた。一回目は事故だったけれど、今度は意思を持って、渚沙さんに。その、唇に。
ひどく甘く感じたのは、さっきまでお菓子を食べまくっていたからに決まっているけれど。ほんの何パーセントかは、それ以外の気持ちもあるのではないかと思った。
時間にしたら、ほんの数秒だっただろう。僕が顔を離すと、渚沙さんはぼうっとした目でこちらを見ていた。
「ご、ごめん。びっくりした?」
「……まあ、びっくりは、したよ。ろくに考える、暇、なかったし」
渚沙さんは珍しく、舌が回っていない様子で答えた。
「でも、嫌じゃなかった」
それでも、しばらくたってから、顔じゅうを赤くしてこう言われて。
「……だから、もう一回。お願い」
こうまで言われてしまったら。そりゃあ、彼氏としては頑張るでしょう。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「彩人は爆発すればいい」
「彩人は転んで全身の骨を折ればいい」
「この幸せ者が」
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