第17話 怒ってます?

ユキさんにクエストを強制受理されてから3日

いよいよクエスト当日となり、私達は大穴の前で待ち合わせることになった。

けど……。


「はぁ……憂鬱だ」


未知の場所を探索するという、ただでさえ危険度の高いクエストなのに、ユキさんのボディーガードだなんて……。

落ちこぼれの私に護衛なんて出来るのかなぁ……。

でも、断ったら何かされちゃうし、かと言って、失敗したら最悪、死刑……。


「はぁ……」


現状を整理していたら、またため息が出てきた。

すると、


「ふむ、浮かない顔だね。ヒカリさん」


「ひゃっ、ま、マツザカさん? いつからそこに?」


いつの間にか私の背後に立っていたふんどし一丁のマツザカが話しかけてきた。


「はっはっはっ、ついさっきさ。レイカちゃんに『ユキお嬢様が移動中、誘拐犯に襲われないか心配だ。頼む、クエストが始めるまでで良いから護衛を引き受けてくれ』と土下座で頼み込まれてね。屋敷からここまでこっそりユキ嬢の後をつけていたんだ。それで、少し遅くなってしまったよ」


「は、はぁ……。それでユキさんはどこに」


「ユキ嬢ならあそこさ」


そう言って、右を指さすマツザカ。

釣られて視線を移すと、


「点呼!」


「ワン!」


「ワン!」


「ワン!」


四つん這い黒服集団に点呼を取っているユキさんがいた。


「こら、ポチ遅れてますわよ。これは連帯責任ですわね。全員尻を出しなさい。躾の時間ですわ」


そう言って、10人はいるであろう黒服集団のお尻をビシビシと叩いていくユキさん。


「……何というか、相変わらずですね」


「はっはっはっ、皆元気そうで何よりだ」


朝早いにも関わらず、寒空の下で大きな笑い声をあげるマツザカ。

すると、その声に気づいたユキさんが、


「ヒカリさん、豚さん、先にいらっしゃっていたんですね。それなら声をかけてくだされば良かったのに」


と笑顔でこちらに駆け寄ってきた。


「あはは……、すみません。お取り込み中だったみたいなので」


「ふふ、遠慮しなくてもよろしいのに。犬の躾くらい、いつでも出来ますから」


「そ、そうですか……」


「ええ、私とあなたの仲です。今後は遠慮なさらず」


白いスカートを少し上げながらぺこりと頭を下げるユキさん。

その上品な振る舞いは、育ちの良さを十分に感じられるものだった。

黙っていれば可愛いんだけどなぁ……。

そんなことを思っていると、ユキさんは当然、マツザカの方を向き、


「それより、豚。あなた、この私を尾行するだなんて、良い度胸してるじゃない」


棒を握りしめ、先ほどとは打って変わった様子でマツザカに話しかけた。


「……やはり、お気づきでしたか」


「えぇ。大方、ギルドからの指示なんでしょうけど。余計なことをしてくれますわね」


「皆心配しているんですよ。ユキ嬢」


「ふふ、それはありがたいことですが、今の私にそんな気遣いは不要です。それはあなたが一番分かっているでしょう?」


「ええ存じております」


「よろしい。では、今後このようなことが起きないよう、しっかりと罰を与えてから、クエストに向かうとしましょう」


「は、はいぃぃいいいい」


そう言って、ユキさんにビシビシと叩かれるマツザカ。


「はぁ……、私、先に大穴の様子を見てきますね」


そんな2人から距離を取るため、私は一人、斥候へと向かった。


「うわぁ、広いなぁ」


レイカさんから話は聞いていたが、実際に目にすると凄い大きさだった。

その横幅は普通の一軒家が丸々2つ入るくらいには空いており、穴の縁は荒く削られている。

こんなものが、いきなり出現したなんて……。

にわかには信じられなかった。


「ん? 何この臭い?」


大穴を覗いていると、刺激的な臭いが鼻の奥に突き刺さった。


「すん、すん、焦げ……臭い?」


何かが焼けた後のような臭いが穴中に充満している。


「一体何の臭いだろう? これで見えるかなぁ」


そう言って、鞄の中からランプを取り出し、穴の上にかざしてみたが、真っ暗で何も見えなかった。


「うわぁ……、これどのくらいまであるんだろう?」


そう思い、近くに置いてあった石を投げ入れてみた。


すると、


ヒュー


という音が数秒間聞こえた後に、


コツン


と何か堅いものに当たった音が聞こえた。


「……深そうだなぁ。マツザカさん、どうやって降りる気なんだろ?」


どうせ、「もちろんこのままで」とか言い出すんだろうけど、いくら頑丈なマツザカでもこの高さからは……。


「とりあえず、マツザカさんに報告しよ。それで、変なことを言い出したら、マツザカさんだけ穴に落として私は外で待ってよう……」


そう呟き、マツザカの所に戻ろうとした時、


「ギギ……」


「え?」


暗闇の中から何かの鳴き声が聞こえた。

すると次の瞬間、


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい」


大きな羽音と共に、大量のメガバットが大穴から飛び出してきた。


「な、なななな、なにこれぇぇぇぇええええ」


視界いっぱいに広がるメガバットの群れに驚きを隠せない私。

パッと見るだけでも百匹以上はいる。

夜行性のメガバットがどうして、しかもこんな朝早くに……。


「まさか……、私が石を投げたせいで起きちゃったんじゃ……」


昔どこかで聞いたことがある。

メガバットは音に敏感で、わずかな羽音でも感じる取ることが出来ると。

それなら、石が落ちた音に反応してもおかしくはない。


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい」


私の方を向きながら、様子を伺っているメガバット達。


「は、ははは……、もしかして、怒ってます?」


メガバットからすれば、私は家で眠っている最中、急に石を投げつけてきたヤバい人。

敵と認識されて当然だった。


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい」


私の声に反応したのか、一斉にこちらに飛びかかってくるメガバット。

そんなメガバットの群れを見て私は、


「なんでいつもこうなるのー!」


と叫びながら、全力でその場を後にした。


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