普通じゃない魔法学園生たちの話。

紫月旅或

入学式

春。今年もキャディアス魔法学園の入学式が行われた。


 まだ着慣れていない黒の制服をまとう少年少女たち。期待、緊張、興奮、不安。その表情には、様々な気持ちが浮かんでは沈む。


 この巨大な空間、大講堂に集まる新入生はおよそ五〇〇人。


 その内の一人に、ひどく緊張している青髪の少女がいた。ネム・キアサージは、こういう場合いつも緊張してしまう。自他共に認める不利な性格だ。


 そのせいで、整えてきたはずの青色ショートヘアがやけに気になる。


「間もなく会式です。今しばらくお待ちください」


 会場にアナウンスが入る。もう少しで式が始まると思うと、一層緊張する。


 しばらくすると、入学式が始まった。だが、式自体は座っているだけでよく、先ほどまでの彼女の心配と緊張は、杞憂きゆうだったと安堵あんどする。


 次は学園長の話だ。



「リューラ・フィニクス学園長、お願いします」



 司会の男が言う。しかし、登壇とうだんする人影はない。どういうことかと、壇上だんじょうに視線を戻すと、既にその人物がいた。



「……!」



 恐らく、転移魔法の一種。いやそうなると、とても信じがたい。瞬き一つの内に完全発動させる技術。それには、戦慄せんりつせざるを得ない。


 黒いローブを纏う、年老いの女性。その風貌ふうぼう威厳いげん。まさしく彼女が学園長だ。



「キャディアス魔法学園、学園長リューラ・フィニクスと申します」



 しとやかな、だが芯のある声。



「学園長として、私は、新たに我が学園の一員となるあなた達を祝福します。入学おめでとう。この学園は知っての通り、魔法を学ぶための場所です。ですから、私から一つ、課題を出しておきます。これからここで過ごす七年間の間に、魔法とは何か、どうして魔法がるのか、自分なりの答えを見つけてください」



 魔法とは何か。自己を振り返るネムだが、確かにそれは考えたこともなかった。


 魔法を根源から学ぶ。この学園の教育理念を表した言葉だったのだろう。



「ここから話すことは、あくまで私個人、リューラ・フィニクスという一人の魔術師としての言葉です」



 そして一拍、間を開けて言葉を繋いだ。



「魔法は一種の武器であると、私は思っています。他を傷つけることができる。自身を護ることができる。生活を楽にすることができる。人生を変えることができる。その影響は計り知れないのです。だからこそ、これから魔法を学ぶあなたたちには、それ相応の覚悟をもっていただかないといけない」



 次第に、学園長の声音が低くなっていく。どこか不穏な雰囲気だが、嫌な予感は的中してしまう。



「――生徒としての、最初の試験です」



 声が響くと、大講堂の壁に沿って魔法陣が展開される。



「《魔召喚サム・デア》」



 その詠唱えいしょうで、展開された魔法陣が起動。



「なんだ……?」


「魔法陣⁉ どういう……」


「なっ⁉ 緑小鬼ゴブリン⁉」


「っ! どういうことだよっ‼」



 ざわめきがどんどんと広まっていく。


 ネムが聞き取れた情報は、緑小鬼ゴブリンが出現したということ。


 しかしその一つでも、彼女の混乱を引き起こすには十分だった。



緑小鬼ゴブリン……っ」



 ひどく青ざめた顔で、ネムはつぶやく。呼吸音でさえき消せてしまうほどの、か細いものだった。


 小さな体躯たいくで緑色の肌が特徴の魔物、緑小鬼ゴブリン。最も一般的な魔物でもある。


 生徒の間にも混乱が広まっていく。ネムと同じで、突然のできごとに対応できないのだ。


 次々に出現する緑小鬼ゴブリンたちに、最初に行動を起こしたのは誰か。確かではないが、大聖堂右端から、大きな火柱が上がる。



「相手は緑小鬼ゴブリンよ‼ 落ち着いて対処しなさいっ‼」



 そんな声が聞こえた。それがどれだけの生徒に届いたかは分からない。だが、それは確実に、反撃の狼煙のろしとなった。



「そ、そうだっ!」


「俺たちでも倒せる相手だ!」


「やるぞぉっ‼」



 反撃が始まり、魔法戦が拡大する。そうやって、一丸いちがんとなりつつある中、いまだにネムはおびえたまま。指の一本も動かせない。


 しかし、さいわいなことにネムは集団の中央付近にいたので、緑小鬼ゴブリンの襲撃に最も距離がある。襲撃の影響をほぼ受けない。外周の人には申し訳ないが、頑張って倒してもらいたい。


 拡大する戦線はやがて、緑小鬼ゴブリンたちを押し返すまでに強大となっていた。


 魔法による爆裂音が、あちらこちらから聞こえる。そんな中、やっとネムにも辺りを見るくらいの余裕が出てきた。

 背伸びして見ると、かろうじて戦線の様子がうかがえる。《魔召喚サム・デア》の魔法陣から緑小鬼ゴブリンが湧くように出現している。そして、それらと交戦する新入生。戦況は拮抗きっこうしているように見えた。



「……負ける」



 だからこそネムは、そう呟いたのだ。


 無限にも思える緑小鬼ゴブリンの出現。元をたどればそれは、学園長リューラが発動している魔法によるもの。まともに緑小鬼ゴブリンと戦う、それすなわちリューラとの我慢比べをしているようなものだ。どちらが先に戦えなくなるか。


 キャディアス魔法学園の学園長を相手に、その勝負は勝ち目がない。

 直接魔法陣を叩かないと、この『試験』は終わらない。だが、ネムを含めた新入生に、そんな技術はなかった。


 考えている時間はない。限界が近くなっている。


 疲弊ひへいし、魔法がてない者が増え、緑小鬼ゴブリンの侵攻が進む。


 それにともなって、ネムの緊張も増していく。ここまで緑小鬼ゴブリンが侵入してこれば、文字通りネムはどうすることもできない。対抗する手立てがないのだ。




 ――私は、魔法が使えないから。




 しかし、敵は待ってはくれない。突然に飛び上がった、一体の緑小鬼ゴブリン。そいつは強暴きょうぼうな眼差しでネムに照準を合わせた。


 襲われると悟ると、息が詰まり苦しい。まるで心臓が止まってしまったかのよう。苦しさと恐怖で、ネムは目をつむった。暗い中で、やって来る痛みへの覚悟を決める。



「大丈夫?」



 しかし、やって来たのは痛みではなく言葉だった。

 恐る恐る目を開けると、襲い掛かって来た緑小鬼ゴブリンの姿はない。代わりにいたのは、緊張感のない表情の少年だった。




 これが彼との、ユア・イストワールとの出会いだった。

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