エルフのトトリック・トトラックはワインを作りたい
海鳴ねこ
第1話
「ああ最悪。ほんと最悪」
エルフのトトリック・トトラックは今日も困っていた。
理由は明白。彼女の手には透明な瓶が一つ。
中に入っているのは、白く濁った紫の液体。
コレは何か?なんだろう。何だと思う。
瓶の中に名一杯に押し込まれた紫色の果実。紫の液体。
香りは自然の甘さが際立ち、誰もが一度は嗅いだ事がある香り。
そう、ブドウジュース。
トトラックはソレを片手に思い悩む。
どうしようか、これはどうなっているのか。成功なのか、失敗なのか。
アイスグリーンの眼がチラリと向かう先は、同じように沢山並べられた瓶。
その中には全部ブドウの液体が入っている。
白く濁った物。透明さが戻り、下に何かが沈殿している物。
トトラックは目を細めて唸る。
「本当に分からない。これ、成功なの?」
小瓶を机の上に置いて、トトラックは溜息を付く。
「も、いいか。こうなったら。助人を呼ぼう」
早い決断により、トトラックはその場を離れた。
今いるトトラックの住み家である小屋の中、部屋の隅。
そこにポツンと置いてある、本棚。
トトラックは其処から一冊の本を取り出し捲る。
「できるかなぁ」
ぽつり、呟いて。
「ま、出来るでしょ」
何とも適当な自問自答。
トトラックは小瓶を乱暴にずらして、本を机の上に置く。
本に書かれているのはルーン文字……に似た何かで書かれた、古代の文字。
ソレを見つめながら、トトラックは口を開き詠唱を唱える。
「えー、我が声聞こえたならば、えー、召喚に応じてください。誰でもいいです」
――詠唱とは?
だが、意外や意外。
その問いに合わせるように、地面は輝きだした。
コレは一応魔法である。
魔法陣とか書き忘れたけれど、どうやら成功したらしい。
どうして魔法が有るか?
簡単。この世界は地球とは別世界、『異世界』である。
トトラックの様なエルフや様々な人間以外の種族が暮らす。
剣と魔法のファンタジーな世界。
世界は広く、冒険者が有って、勇者が有って、剣士が有って、魔術師が有って。
一応トトラックも魔術師の分類だ。
だから魔法は使える。
――今使う強大な魔法は、実に数百年ぶりだが……。
失敗すれば大怪我じゃすまないが。
それでもトトラックは魔法を使う。
使いたくないけど、目的の為に魔法を使った。
足元に光が現れ形取り、来上がるのは魔法陣。
光の粒子が塊となって姿を作り上げてゆく。
まず足を作って、胴を作って、肩から手を作って。最後に頭を作り上げる。
その形は紛れもなく人間。
光の粒子は形をとると静かに消えてゆく。
光が消えた先、現れたのは20歳程の男が一人。
平凡な顔、黒い髪、黒いスーツ。
死んだ魚の様な瞳を持った青年はぼんやりと現れた。
「あれ、おれ……」
暫くして、男が口を開く。
何事かと言わんばかりに辺りを見渡して、首を傾げる。
「やったね、せいこーう、私って凄―い」
そんな男の前でトトラックは、其処まで感情を出すことなく手を叩く。
ぱちぱち、ぱちぱち、手を叩きながら男の前へ。
やる気のないアイスグリーンの瞳を大きく瞬きさせて、男を見上げるのである。
「ようこそ、異世界から着た若者よ」
「え」
「君を呼んだ神からの命令である」
「え、え?」
「――私のワイン作り。及び酢作りの手伝いをいたしなさい」
直球で、コレでも無い程の本題。
確かに其れこそがトトラックの成し遂げたい事なのであるが。
問題一つ。突然言われても誰もついていけない。
そして、指摘を一つ。
トトラックは神様ではない。
ただ、ワインと酢を作ってみたい千年を生きるエルフである。
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