第八十三話 カレンの提案

「うーん……ボクはやめといた方がいいと思うなあ」


 晩の食卓を、僕はユーリとフレディ、グレゴリーと囲っていた。

 場所は、瑠璃の館のレストラン。他にも宿泊客の姿はちらほらと見えるが、広々と取られた空間によって、互いの会話が聞こえるようなことはない。


「どうしてですか?師匠」


 蒸した芋をナイフで切り、バターをつけて口に運ぶ師匠。

 彼女が、みんなで晩御飯を食べようと誘ってきたのは、つい三十分くらい前のことだ。


「はふはふ……宮廷魔道士団って、ガチガチの貴族社会だよ?冒険者上がりの平民とか、居場所ないって」


 彼女の誘いに乗った僕は、いい機会だからと、ユージーン先生に宮廷魔道士に誘われたことを話した。

 どの道、自分だけで結論を出せそうになかったため、相談する予定ではあったから、タイミングが良かったと言えるだろう。


「やっぱり、そうだよね。僕も突然魔道士なんかになったら、先輩に虐められるんじゃないかなと、思ってたんですけど」


「貴族、基本自分と同じ立場に平民がいることを許せないからねー」


 グレゴリーの方をちらりと見れば、彼は憮然とした表情で頷いた。

 僕がこれまで出会ってきた、関わってきた貴族は、誰も彼もがいい人ばかりで、「普通」ではない人たちなのだろう。

 グレゴリーは、その中で最も貴族と思って、視線を向けたのだけれど。


「俺もユーリの貴族観には同意します……けど、俺が彼らと同じだという、アナタの認識には物申したいですね」


「そーだよ?グレイは嫌味だけど、こうして一緒にごはん食べてるし、出奔する前だって、君たちと言葉を交わしてたでしょ?」


「あー、えっと、すみません?ちょっとイメージが」


 二人の言によれば、貴族は平民と会話など絶対にしないし、もし僕が宮廷魔道士になったら、周囲の貴族たちに徹底的に無視され、影から給料を絞り、成果を横取りし、最悪の場合闇討ちされかねないとか──。


「俺は賛成だな。君が危険なら話は別だが」


「フレディ?」


 僕がユーリとグレゴリーの脅しに、体を震わせつつ根菜のスープを啜っていると、肉を飲み込んだ相棒が口を開いた。


「王都騎士団は定期的に、宮廷魔道士団と合同訓練をするんだ。俺も一度参加したんだが……確かに、鼻持ちならない人はいた」


「ま、そうだよね。ボクはむしろ、その程度の感想で済んでるのが意外かも」


「だが、こちらがきちんと礼節に気をつけていれば、悪い人たちだとは感じなかった。先輩方も、嫌々参加している、といった様子はなかったし……訓練はスムーズだったぞ」


 王都騎士団には、平民出身の人も多くいると聞く。そんな彼らと、問題なく合同訓練ができているのであれ、僕が気をつけていれば、過剰に恐るほどでもないのだろうか?


 フレディは続ける。彼が賛成する大きな理由は、他にあるみたいだ。


「それに……君がいれば、騎士と魔道士として、連携の訓練を行うことができる。この間、その必要は感じただろ?」


 ハチェットイーグル戦。格上を相手にした勝利は、喜ぶべきだった。

 けれど、もっと上手くやれれば、もっと犠牲を減らせたのでは、という思いは、僕もフレディも同じだ。


「うーん……」


 メリットは、多い。結晶塔への、現状最も近い道であり、懸念だった相棒との連携も、深めることができる。

 一方で、異世界に来て、今までほとんど触れてこなかった、人の悪意というものに、晒される可能性も高い。これは、弱い僕にとって、大きなデメリットだ。


「せんせーもしばらく待ってくれるんでしょ?ゆっくり考えてみれば?」


「俺もそう思う。すぐに結論を出せることでもないだろう」


「……ユージーン先生に推薦され、宮廷魔道士になることは、非常に名誉なことであることは、お忘れなく」


 瑠璃の館の美味しい料理で、一旦考え事を追いやって、僕たちは満腹になるまで、食事を楽しんだ。



 じゃんけんに負けた僕は、師匠の見送りで、夜の王都を貴族学園まで、歩く羽目になった。

 婚約者であるグレゴリーの役目だろうとは言ったのだが、彼はまだ学園に行きづらいと苦い顔で訴えてきたので、なんとかじゃんけんに持ち込んだのだが──。


 言い出しっぺが負けるのは、もはや世の摂理だ。


「もし」


 聞いてもいないグレゴリーとの惚気話を延々され、辟易としながら寮にたどり着いた僕は、即刻来た道を引き返したのだが。

 学園の門の前で、どこかで聞いたことのある声で呼び止められた。


「こんばんは、アイゼンさん」


「カレン……さん?」


 街を包む夜に近い色、青と黒の髪の女性が、そこには居た。

 サーシア王女様の付き人であり、貴族学園でも優秀な成績を収めているらしい彼女が、こんな時間に、僕になんの用だろう。


「ユージーン・レドコヒル先生より、宮廷魔道士見習いに誘われましたね?」


「なんで、それを?」


 耳が早いなんていうレベルじゃない。今日の今日なんて、本人に聞いたとしか考えられない。

 ユージーン先生は、他の生徒にこういったことは話さないと思っていたのだが。


「秘密です。悩んでいるのでしょう。提案を持ってきました」


 表情ひとつ変えず、カレンさんは畳み掛けるように、言葉を重ねた。

 王女様の後ろに控えている時に感じた、冷たい雰囲気はそのままだが、強引さというか──こちらの事情を考えない、一方的な部分が、彼女にはあるみたいだ。


「私と共に、宮廷魔道士団に所属しませんか」


「一緒にって、どういうことですか?カレンさんにも、誘いがかかって……?」


 僕が疑問を投げ掛ければ、すらすらと、原稿でも用意しているかのように、彼女は答える。


「はい。一年ほど前より。面倒な限りですが」


「名誉なことだと聞きましたが、面倒、なんですか」


「私にとっては、サーシア様にお仕えすること以外、些事。ましてや、魔物の討伐や、研究成果の発表のために、頻繁にその時間を取られるお役目など、邪魔でしかありません」


「は、はあ。では、なぜ僕に勧めて……えーっと、一緒に所属?する気になったんですか?」


「そろそろ勧誘がしつこく、面倒になってきたことが大きな要因です。メイド業の合間に研究したことを、共同研究者としてあなたに発表していただければ、私の時間は奪われないというわけです」


 それ、許されるのだろうか?共同研究者とは言うが、僕が成果を奪うとは考えていないのだろうか。いや、片手間というくらいだから、どうでもいいのかもしれない。


「僕のメリットはなんですか」


「自分で言うのもなんですが、私はかなり魔道士たちに買われています。しかしこれまで、勉学とメイド業を理由に、一切の連絡を絶ってきました。故に、あなただけが窓口だということを理解させれば、彼らはあなたを邪険にできないでしょう」


 僕が考えていた懸念の、解決策になるかもしれない提案。

 確実とはいえないが、その効果は大きいように思える。


「私には不要ですから、給金は二人分受け取ってください」


 俗物的だが、追加されたその条件で、正直揺れた。

 結晶塔へ行くために、もっと強くならなければならない。それは、僕自身だけでなく、装備も含まれる。装備は、高い。

 ストロブラン家からは、生活に困らないくらいのお給料をいただいている。けれど、お金はいくらあってもいいのも、事実だった。


「それに……」


 耳を寄せられ、カレンさんは最後の口説き文句を告げた。


「私に会いに来るということは、サーシア様とお会いできる機会も、増えますよ」


 ──それが、僕にとって重要なことのようには、思っていなかった。それでも、胸から上がってきた熱のままに、僕は彼女の提案に頷いた。

 どの条件が一番、心を揺らしたのか。まだ、わからないままに。

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