第六十七話 蒸気機関車
王国随一の都市、王都とはいえ、日が昇り始めたばかりのこの時間は、静寂に包まれている。
下層の西地区、二番大通りと一番大通りをつなぐ道を歩きながら、僕は冷え込むようになった朝に、時の流れを感じていた。
「あー、アイゼン。君は機関車?に乗ったことあるのか?」
「ない、かな」
蒸気機関車。日本でもまだ何編成か走っている、石炭を燃やして走る鉄の塊。僕たちは、今からそれに乗る予定だ。
隣を歩くフレディは、しっかりと全身鎧を着込んでおり、ずんずん前を行くユーリも、学園の制服ではなく、完全武装の冒険者スタイル。当然、観光に行くわけではない。
「ユージーンさんは、あるのか?」
そして、もう一人の同行者。赤茶色の髪をした壮年の教師が、王都に来るまでと同じような、ただの冒険者の仕事ではないことを物語っていた。
「私は何度かね。最初は驚くと思うよ」
このメンバーで、王都を出ることになった訳を説明するためには、三日前に遡ることになる。
サーシア様からの指名依頼を、パーティーとして受けた僕たちは、早速準備を始めようとした。
ところが、肝心のグレゴリー氏は、もう課外学習の届出をして王都を離れた後であり、徒歩で追いつくことは困難。どうしたものか、と考えながら、龍に関する意見交換のためにユージーン先生の研究室を訪れた僕が、ぽろりと話してしまったのだ。
今思えば、依頼の話を外部に漏らすことは、誉められたことではなかったと反省しているが、結果として僕たちは突破口を得た。
グレゴリー氏の向かった、西の伯爵領までは、最近鉄道が開通したというのだ。
現在は、きっぷを取るのも簡単ではないため、サーシア王女は無意識に選択肢から外していたらしい。
ユージーン先生は、友人がその鉄道の運営側にいると言って、きっぷの手配を約束してくれたのだ。ただし、同行を条件に。
先生は僕を責めることこそしなかったけれど、ギーノが亡くなったことを悔やんでいるようだった。
弟であるグレゴリー氏が在学中に、命を落とすかもしれない事態を、放っておけなかったのだろう。
「こいつが……走るのかよ」
考え事をしているうちに、王都西の駅に辿り着いていた。
決して大きい建物ではないが、周囲よりもしっかりした作りの駅には、街中と比べれてかなりの人が集まっている。
発車前の機関車は、白い煙をもうもうと上げており、フレディだけでなく、多くの乗客が珍しそうに見上げていた。
「ボーっとしてないで乗るよ」
「わかりました。フレディ、行こう」
未だに怒りを燻らせているユーリ師匠は、かつかつとタラップに足をかけて、車両に乗ってしまった。
慌てて僕がフレディを引っ張って乗ると、ユージーン先生は、なにか微笑ましいものを見るような視線を向けてきた。
「最終確認。ボクたちの依頼の目標は、魔物討伐を行うグレゴリー・ブロノーレの護衛」
「ああ」
四人がけのボックス席は、ベンチに近い木の椅子に、申し訳程度に布が敷かれている、お世辞にも座りごこちのいいものではなかった。
最も、領都までに乗った馬車よりはマシだけど。
「あいつの討伐目標は、レイジングボアの群れ。家の護衛は二人しか連れて行っていないから、普通に考えて苦しい戦いになるだろうね」
「でも、サーシア様はそれ以上の懸念を抱いているみたいでしたね」
図書館で調べた、レイジングボアの生態。強烈な突進力を持つ、猪の魔物は脅威だが、攻撃は単純で、群れの規模によっては、グレゴリー氏と護衛で対処できる範囲とも言える。
ブロノーレ侯爵も、わざわざ跡取りを殺したいわけでもあるまいし、当然だろう。
しかし、王女様の予想は違った。
「大きな群れなのか、他にも魔物が確認されているのか……まー、行ってみないとわからないかな」
「他に魔物が出現するとしたら、なにが予想できますかね?先生」
グレゴリー氏の目的地は、彼の母の実家である、イェル伯爵領。
王立図書館では、魔物の名称から、大まかな生息地生態を調べる本はあるのだが、場所や地域から出現する魔物を知ることができない。
貴族学園で地理を教えているユージーン先生ならば、知っていることがないかと、淡い期待を込めて僕は問いかけた。
「うーん、そうだな。私が以前、イェル領の近くを旅した際には、ハンガーウルフや、ジェットブル、それに今回の目標のレイジングボアといった、他の地域でもみられる魔物にしか遭遇しなかったよ」
どれも群れで出現すると、近隣の村に大きな被害を及ぼす魔物たちだ。
だが、先生の言う通り、王国ではあちこちで見られる種類であり、対処法がわかっているという意味では、脅威度は低い。ハンガーウルフは、僕でも戦ったことがあるくらいなのだから。
「向こうに着いたら、すぐに護衛対象を探すから。寝といたほうがいいと思うよ」
「了解だ」
予想もそこそこに、機関車は汽笛を上げて王都を出発した。
ユーリは自分で言った通り、すぐに目を瞑って、寝息を立て始めた。
乗り心地は、日本の鉄道とは比べるべくもないものの、悪くはない。
がたん、ごとん、と決まったペースで揺られることと、代わり映えのしない草原ばかりの車窓を見れば、自然と眠くなってくることだろう。
フレディとユージーン先生は、蒸気機関車の仕組みについて話していた。
歩けば三日の距離を、半日と少しで走る列車の動力は、地球のそれと同じだろうと、僕は聞き流していたのだが──。
「じゃあ、水を沸かすために使ってる燃料はなんなんだ?」
「ああ、それはだね。……まあ、隠すことでもないか。北の結晶塔で発掘された、魔炭と言う名前の鉱石だよ」
石炭では、ない?それも、結晶塔?
「これまでも結晶塔では希少な鉱石が採れていたんだが、それは大抵迷宮の奥でね。実力のある冒険者や宮廷魔道士、騎士が命懸けで、少量持ち帰ってくるのが精一杯だったんだ」
「それは俺も聞いたことがある。魔鋼の他だと、
僕の短剣に使われている魔鋼も、希少な鉱石だということは知っていた。それが、結晶塔で取れることも。
では、魔炭とはなんなのだろうか。
「先日、結晶塔の奥ではなく、地面を掘る調査が行われてね。魔炭はそこで見つかったんだ」
ユージーン先生曰く、魔炭は結晶塔の迷路の深部まで進まなくとも、あちこちに埋まっているのだという。
火をつけると持続的に大きな炎をもたらすとして、新しいエネルギーとして期待されていたところで──ある機関と貴族が、その全てを買い取ったのだそうだ。
「それが、運輸省とブロノーレ家でね。この鉄道は、国策とは名ばかりで、ブロノーレ家の影響下にあるんだよ」
となると、伯爵家に容易に喧嘩を売れたのは、この鉄道を持っているから?それだけとも思えないけれど、大きな理由にはなりそうだ。
少ない情報を辿って思索を巡らせるうちに、僕は眠りの園に誘われた。
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