第九話 短剣の師
「それで?俺のとこへ来たってわけか」
「ああ。アニキのパーティーメンバーに、短剣使いの斥候いたろ?」
アルさんの鍛冶屋で短剣を譲ってもらった翌日。僕は、フレデリクと共に強面のおじさん──ではなく、ジム氏の元を訪れていた。
説明なしに彼と再び顔を合わせることになった件については、フレデリクに少しだけ文句を言いたい気分だったが、理由を聞いてそうも言っていられなくなった。
「お願いします。僕に、短剣使いの師を紹介してください」
「……兄ちゃん、斥候になりてえのか」
「いえ、斥候というよりは、純粋に短剣での戦闘を学びたいんです」
ジム氏は、難しそうな顔をして唸り始めた。強面の顔がより怖くなるので、正直勘弁して欲しい。
「しばらく王都への隊商は出ないし、アニキのパーティーも大きい仕事はないだろ?頼む!俺たちに投資すると思って……!」
「あの、先日のことは、僕にできることであればどんなお詫びもしますので、どうか!」
フレデリクと共に、ギルドのテーブルにつけるくらいに、頭を下げた。
「待て待て兄ちゃん。あー、その件は別に構わねえから。頭を上げてくれ。俺も酔っててな、ちょいと思慮が足りてなかった。俺の方こそ、すまねえ」
「ありがとうございます……!えっと、じゃあ、他になにか問題がありましたか?」
「いやなあ、フレディにも、アイゼンの兄ちゃんにも、問題はねえんだが」
がりがり、とスキンヘッドを掻いて、ジム氏は苦笑した。
どうやら、僕に気に食わないところがあるわけではないらしく、ほっと息をつく。
「それじゃ、誰に問題があるんだ?」
「……おめえさんたちが目当てにしてきたらしい、うちの斥候だよ」
「ユーリ、なんかあるのか?」
「フレディ、おめえはあいつと仕事したことはなかったか」
「ああ。ここで一緒に飯食ったことはあるけど、俺はいいやつだなーとしか」
「アイゼン、そのユーリってのがうちの斥候なんだが、あいつ、天才肌ってか、感覚派と言やあいいのかね。とにかく、腕はいいんだが、自分のやってることを教えるなんてのは、滅法苦手としてるんだよ」
ジム氏が悩む理由は、ユーリ氏の指導能力不足だったようだ。
つい先日、失礼を働かれた相手が願い事をしてきて、相手ではなく自分側にいる者の落ち度から答えを渋るなんて、彼は顔に似合わず結構優しい人なのかもしれない。
「あーれ?ひょっとしてボクの話?」
ジム氏が唸っていると、巨躯の後ろからひょこっと、銀灰色の髪の人物が顔を覗かせた。
瞳も同じ色のその人は、どうにも顔立ちが中性的で、判断がつかない。背は、僕の胸あたりくらいだろうか。線が細いが、溌剌とした雰囲気を感じる。
「ユーリ。おめえ、買い出しに行くって」
「もう終わった!それより、ボクの話してたでしょ、叔父貴とフレディ」
「あー……」
「そうだな。君の話をしていたところだった」
ジム氏は気まずそうな顔を、フレデリクはフレンドリーに挨拶をしている。彼、あるいは彼女が件の斥候、ユーリ氏みたいだ。
「で?で?何の話ー?気になるなー」
「あの……僕、アイゼンと言うんですが」
「んー?初めましてかな?」
「はい。えっと、初対面で恐縮なんですが」
「そういうのいいよいいよ!ボクのことはユーリって呼び捨てて。君のこともアイゼンって呼ぶから!」
快活に笑うユーリ氏──ユーリは、人と距離を詰めたり、初対面の人と仲良くなったりすることが得意なのだろう。多少、強引にも感じてしまうけど。
「じゃあ、ユーリ。それで、お願いがあって」
「うんうん。なに?ボクにできることならなんでもって言いたいところだけど、難しいことだったらお金もらっちゃうかもだけど、それでも良ければ!」
「あー、いや、難しいかはわからないんですけど……僕に、短剣術を教えてほしいんだ」
「いいよ」
遠慮がちに、しかし決意を込めてそう告げると、ユーリはノータイムで返答してきた。あまりに早すぎて、面食らうほど、悩むそぶりもなく。
「お、おい待てユーリ。おめえ、人に物を教えんの得意じゃねえだろうが」
「えー?そうだっけ?」
「悪いことは言わねえ、こいつに教わるのはやめとけ、アイゼン」
「でも……」
ちらり、とフレデリクの方を見るも、彼は腕を組んで相槌を打つだけ。ジム氏とユーリ、どちらを信じるべきか、その助け舟は出してくれそうにない。
「アイゼンくん。ボク、自分で言うのも何だけど強いよー?たぶん、この街で一番短剣の扱いは得意!ね、叔父貴もフレディもそう思わない?」
「ああ。君の技は宴会の余興でしか見たことないけど、確か一刀で酒樽を四分割してたよな」
「うんうん。ボクに師事したらちゃーんと一人前の短剣使いにしてあげる。ついでに斥候も教えるよ!」
「だからユーリおめえ……」
「はいはい!叔父貴は黙っといて!」
ユーリはジム氏の隣から、テーブル越しにぐっと手を伸ばしてきて、僕の手を強く握った。
華奢な手だ。短剣といえど、武器を握っているからには、もっとゴツゴツした手を想像していたが、彼女──で、たぶん間違いないだろう──のそれは、細くしなやかだった。
「お金、はどれくらい払えばいいですか?あんまり持ってないんだけど……」
「いらないいらない!お金もらうお願いっていうのは、討伐とか採集とか、そういう依頼っぽいやつだけ」
「じゃあ、ユーリ。改めて、僕に短剣を、教えてください!」
「承ったー!いやー、弟子とかずーっと欲しかったんだよね!あ、ごめんアイゼン、さっきの呼び方訂正。『ユーリ師匠』でよろ!」
「は、はい。よろしくお願いします、ユーリ師匠」
こうして僕は、戦い方を学ぶための師を得た。
そして、ユーリの性別は、やっぱり女性だったらしい。失礼な間違いをせずに済んでよかった。
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