わたしが婚約破棄されたのは勘違いなんだってば!!

エリザベート様、婚約するってよ。


「聞いた?エリザベート様、婚約破棄されたんですって・・・」


ファッ○。


「聞いた聞いた、なんでも捨てられたんですって。あのお方、二十二になるんでしょう?それ以前にも浮ついた話がないって・・・絶対になにかありますわ」


うるさい○ァック。


「いいえ、きっと胸ですわ。あのペチャパイ」


○ァァァアアアアッッック!!!!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。





そもそも、女性の魅力はプロポーションですわ!

なんですか世に蔓延るあの無駄にデカい贅肉は!

見なさい、わたしの体を!雌豹のようでしょう!?

形なら絶対にわたしのほうが勝っていますわよ!


わたしが自室でドレスに着替えていると、扉の向こうから、話し声が聞こえる。

わたしの傍付の、専属メイドの声だ。


もううんざりだ。ここに来てからロクなことがない。

叶うならば故郷に帰りたい。

まあ、その故郷は、現在では焦土となっているが・・・。


深いため息と共に、ふわりと揺れる薄い浅葱の髪を、後頭部で結わう。

これも無駄に伸びたから重い、てか頭皮はげる。

けれど伸ばすように言われた。

髪が品位の証とか馬鹿じゃないのか・・・。


最後に眼鏡をかけたわたしは、何もかもにうんざりしながら、戸を開けた。

そうして、わたしの陰口を言う下部共に言ってやったのだ。


「ごきげんよう、クソメイドども。陰口もその辺にしないとわたくしの鉄拳が飛び上りますわよ」


「うわでた」

「でましたわ」


「うわとはなんだ、うわとは。いい加減にしろよ、てめえら」


こいつらほんとにわたしのメイドか?



◇  ◇  ◇



「いいか、ハイドロ。俺は婚約なんてしないぞ」


おれ、ランロットは、女がキライだ。

なのに十五になるからって、親父が無理やりくっつけてきやがった。


「ですが坊ちゃま。王は御子息を望んでおられます。そういうわけには・・・」


だがおれの傍付であるハイドロは、しつこくそう言ってくる。

そもそも、おれはあいつらが気に入らない。

大きければ頭を撫でてくるし、小さければすぐに泣く。

ほんとうに邪魔だ。


「坊ちゃまなんてやめろ。そんな年でもない」


特に大きいほうはキライ。ハイドロみたいに子ども扱いして可愛がってきやがる。

おれはお前たちのおもちゃじゃねえ。


「ああ、わたしは悲しい。ならせめて昔みたいにハイドロお兄ちゃんと」


「呼ぶわけないだろ」


「おにいたんでも構いませんよ?」


「いい加減にしろよクソ執事」


何年経とうとも態度の変わらない執事に、おれはキレそうになる。

だが、ハイドロはそれを遮るように、部屋についたと言った。

煮え切らない想いを掲げながらも、おれは彼に告げた。


「何度も言うがおれは婚約しない。今日来たのは、今回の話をぶっ壊すためだ」


女など所詮、もろいものだ。一言、二言いえばすぐに向こうから折れる。

名前は何だったか・・・そう、エリザベートだったか。

おれは、侮蔑を湛えた笑いを上げて、ドアを開いた。


「ハハハハハ!親父も、ハイドロも、残念だったな。ざまぁみやが—————」


「わ″  た″  し″  と″  婚″  約″  し″  ろ″ ~ ~ ~」


「わあ、なんだこの化け物は」


ドアの先からヘドロが出て来た。

そう形容するのが相応しかった。

その女は恐ろしいほど粘っこく緩慢な動きで、おれの腰にしがみついてきた。



◇  ◇  ◇



「婚約できないと・・・処刑?・・・う、うそでしょ」


わたしの躾役として配置されたメイド(クソ)の二人。

メイドの癖にわたしの対面で仲良く腰かけてやがる。


「噓ではありません。これもすべて国王様のご命令です」

「国王様のご命令は絶対ですわ」


「は・・・ハハハ、嘘も休み休みにさないクソメイドども。そんなわけがないでしょう。ならなぜ王はわたしを受け入れた?・・・・まさか」


「そりゃあ、いい顔したかったからでしょ」


つまりあのクソ国王は、故郷を失った放浪のわたしを、下心のある慈善活動で助けたのだ。表向きには避難民を受け入れた慈悲深き王として。


いやでも、それでも、でも・・・。


殺したら意味がないだろう。


「あの峠の先では絶賛戦争中です」そんなわたしの疑問を晴らすクソメイドの言葉。「つまり外側に情報は洩れませんので」わたしに言葉の凶器を突き付けるクソメイドの言葉。


この国は、島の東端にある国。

その国の中でも、エリザベートがいるのは西端の地方だ。

そして現在この国は、峠の先、隣国に取り囲まれるように戦争をしている。

つまり情報が完全に外側に行くことが無い。

他の国からすれば、国内で何が起こっているかなどわからないのだ。


「じゃ、そういうことですので~」

「頑張ってくださいね~」


「あ・・・ちょっと!・・・」


わたしの言葉を待たずして、あいつらは去っていった。

突如として降りた沈黙・・・私の中では、ひとつの言葉が支配する。


え?まずくね?


「いやいやいや、おかしいおかしいおかしい」


理性が現実を拒否する。受け入れられない。受け入れたくない。


「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」


はんべそをかいているわたしは、部屋を右往左往した。

机に腰かけては、不必要に指先で木目を叩いたり、指先で知恵を引き出そうと毛先をくるくる回す。しかし、出てこない。焦りでわたしは頬骨をとんとん、と叩く。


「逃げるか?」


どうやって?逃げ先は戦火、その場所しかない。海を渡ろうにも、王都に向かうことになる。敵陣、それも本拠地に自ら飛び込むなど・・・。


「・・・もういっそ、既成事実をつくるしか」


瞠目が揺れて、泣いていたわたし。零れる不安と焦燥感が、正しい判断を鈍らせる。

相手はまだ子供、この国の第三王子であるランロット。

けれど、もうなんでもいい。生きられるのならなんでもいい。


自衛のため、そう結論したエリザベートの鼓膜に、ノックの音が響く。



そうして時間は、エリザベートがランロットに泣きついたところへ。



◇  ◇  ◇



「落ち着かれましたか?エリザベート様」


「え、ええ。大丈夫・・・ですわ」


ランロットの傍付であるハイドロと呼ばれる執事に、まだ慣れない口調で伝えたわたしは、乱れた髪を整えた。


とうのランロットはというと、わたしの目前でふんぞり返っていた。


「坊ちゃまもよくご乱心になります。もしかすれば、似た者同士かもしれませんね」


「誰がこんなブスと同じかよ」


微笑を浮かべたハイドロだが、ランロットは小生意気に悪態をつきやがった。

執事は礼儀正しいが、ランロットは彼とは真逆である。


「誰がブスだって?」


「い、痛い痛いっ・・・・離せ!」


わたしはクソガキであるランロットの頬を掴んで、力いっぱい握りしめた。

ランロットはジタバタと暴れだす。


「力が強いっ?!どうなってる?!引き剝がせん!」


「お姉さまだろうが~」


「まあまあ、申し訳ございません。エリザベート様、坊ちゃまも年頃なのです。お許しください」


「はあ?!ハイドロ、貴様?!悪いのはどう考えてもこの女だろ?!」


「初めに悪口をいったのはあなたです。こんなにお美しいのに」


「ふんっ・・・執事は見る目があるようだな!それに免じて許してやる」


ランロットの整えられた黒髪、一刀のような煌めきを持つ頭部が落ちた。

彼は餓狼のような視線でわたしを睨みつけた。


ははは、どうだクソガキ。わからせてやったぞ。


「それでは、お二人の密談のため、わたしは席を外させて頂きます」


ハイドロはそのまま、扉に向かっていった。


ん?密談?・・・・・・あれ?不味くない?


先程はカッとなったのでつい手を出したが、わたしってこいつと婚約できなかったら殺されるんだよね?


「・・・・・・・・」


やばいこのままだとわからせら処刑される!


「それでは~」


ばたり、室内で唯一、話の通じそうなハイドロが去った。


重たい沈黙が、場を支配した。


「・・・・・」

「・・・・・」


両者見合って、互いに警戒する。


わたしは生唾を飲み込んだ。先程まで子犬に見えたランロットが、正しく狼に見えた。だって彼の機嫌ひとつで、わたしの首をかかっているんですもの!


「あ、あの~、王子様~・・・・婚約のお話ですが~・・・」


「絶対に嫌だ」


はい、わたし死にましたわ!絶対に生きては帰りませんわ!そもそも帰る場所は灰になっていますわ!


ついお嬢様口調になって焦るわたし、だけどここで引くわけにはいかない。


「待ってください!えっと・・・わたし尽くすタイプです!身の回りで困ってることはありませんか?!」


「そんなのハイドロで事足りてる」


「料理ですか?洗濯ですか?執務もそれなりに手伝えます!足もお揉みします!」


「それも全部ハイドロで事足りてる」


「えっと・・・ちょっと待ってください・・・えっと・・・」


あれ?わたしの価値ってなんだろう?・・・・はっ!


いや、ある。あるじゃないか。女にしかない武器が。

それならば、あの執事はできない。


「では夜のお相手はどうでしょう!自分でもそれなりに美人だと思っています!」


「それもハイドロでいい」


「えーーーーーーッ!?!?!?!」


開いた口が塞がらなかった。どうやらこのクソガキは、その中でも好き者らしい。


いや、今はそれよりも・・・。


あれ?わたしの価値ってあの執事以下?


「もう話しても無駄だ。大人しく帰ることにする」


話は終わりだと、ランロットは部屋を後にしようとする。

ていうかこいつはなんでこんなに冷静なんだ?!異性の部屋だぞ?!ここは!


わたしは必死にランロットを引き留めた。


「ま、待って!今だけならわたしは世界で一番あなたを愛しています!」


だって自分の命が世界で一番好きだもの。


「どうでしょう?一度だけでもこの胸に身を任せてみては!」


わたしは精一杯、色香(皆無)を出すように努めた。

下から、ランロットを見上げる。


そんなわたしを見下ろしたランロットは、しばしの間、考えを巡らせた。


これは、あるか?まだわたしの命は繋がっているか?


そしてランロットは動き出した。わたしを吟味していた目と、視線が交錯する。


「お母様のほうが綺麗だしデカいな、出直してこい」


「じゃあ、ママのおっぱいでもしゃぶってろよクソガキ」


わたしは、地雷胸の大きさを踏み抜かれてブちぎれた。



◇  ◇  ◇



「終わりましたか、坊ちゃま。・・・その様子ですと、あまり良い結果ではなかったのですね・・・」


「ふんっ、だから無駄と言ったんだ」


王子と執事が、地方の城の荘厳な廊下を歩む。


「ハイドロ、今日の夜、相手をしろ」


「またですか。全く、坊ちゃまもお好きですね」


「当たり前だ。父上の相手をすべく、日々精進しなければならない」


「・・・・・・」


ハイドロは彼方を見つめた、純粋にも、ランロットはまだ知らずにいる。


「どうした?」


ランロットの父、王は夜の相手と言って、女性を自室に呼び出す。それを見たランロットは、横に立つハイドロに聞いたのだ。


「いえなんでも・・・ルイド伯爵はいかがでしょう?旦那様のチェスの才は多彩でございますが?」


「いや、親父はいい。なんか今日の婚約のこと聞かれそうだから、嫌だ」


嘘をついてしまった。可愛い、弟のように思っていた彼に、そんな汚れたことを伝えたくなかった。自身の父を憧れてやまない、彼の夢を壊したくなかった。


「今日こそ勝ってやる」


お父様がしているのは、チェスだと、嘘をついた。



※~~~

次回『こ、殺される・・・。どうしよう・・・。』

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