悪癖のある俺が旅館で殺人事件に巻き込まれました。

綿木絹

口の減らない男

第1話 一人旅

 俺は小型船に乗り、とある島を目指していた。

 目的のない一人旅、それが一番良いと俺の主治医からの勧められた。


「精神的なものだから、暫く休んだ方が良い……か。暫くも何も、現在無職なんだけど。」


 職業安定所には顔を出さないといけないけれど、今の俺にやるべきことはない。

 仕事から解放されて、初めて気付く孤独感。

 あれだけ仕事を辞めたいと思っていたのに、辞めた後に感じたのは喪失感だった。

 社会の歯車になっていた、俺は歯車だと思っていた。


「確かにやらかしたけどさ。クビになるほど?……クビになるほどか。それにこれだけの人間が居るんだ。俺が抜けても他の歯車の力で社会は回る。スマホの電波が入らない場所かぁ。加えてWi-Fiもないところで休めって。確かにそういうの、聞いたことあるけど。」


 俺は会社で大事おおごとをやらかし、そしてカウンセリングに週一回通っている理由。

 まぁ、その理由は既に明かされているわけで。


「スマホが恋しくて恋しく堪らない。……俺にこんな生活出来るのかなぁ。あれ、さっきまで気付かなかったけど、あの人結構若くて、綺麗だったんだな。あの人もあれかな。俗世とは離れてって言われてるのかな。」


 もうすぐ島が見える、だからだろか。甲板には数名の男女が立っていた。

 その内に一人の女が俺の近くに居たので、俺は彼女に気付かれないように目端で観察をした。


「これきっかけでお近づきになれないかな。いや、可能性は十分にあるな。行きずりの恋みたいな……」


 すると女は目を剥いて、どこかへ歩いて行ってしまった。

 その様子を見て、俺は両の手で自身の口を塞いだ。


「……あれ。もしかしてまた心の声を口にしていた?さっきの全部聞こえてた?」


 これが俺、南出雲悠みなみいずもゆうの悪癖。

 俺はこのせいで会社をクビになり、心療内科に通っている。

 そこで働きすぎ、一人暮らしとネット依存の影響だと言われた。


「頑張れば、抑えられるんだけどな。無意識な時はどうしようもないというか。だから大事な場面では俺を使うなと言ったのに。」


 気が付けば周りの人間が消えていた。

 会社でも、社会でも、そしてこの船でも。


「あ、島に着いたのか。それにしても、こんな孤島に俺以外にも同じくらい若い奴が七人も乗ってたぞ。あぁ、あれか。スマホ依存症って社会問題になってるもんな。俺は違うけど?えっと今何時だっけ……。あ、そか。スマホ持ってきてないんだった。」


 俺は社会復帰を果たす為、この旅館しかない孤島に足を踏み入れた。

 そこには旅館にありがちなバスが停まっていて、どうやら俺待ちをしていたらしい。


「今から向かうのはこの島の中央の旅館。大昔、資産家が趣味で島ごと買って、豪邸を建てた。でも、余りの使い勝手の悪さから数十年前に別の誰かに売り払った。そして老夫婦が住み着いて民宿を開いたところ、携帯時代にピッタリと当てはまり、意外と宿泊客に恵まれたらしい。そして俺のようなスマホ依存症にはピッタリだと、先生がここを紹介してくれたわけだけど——」

「ねぇ、君。ちょっと煩いから静かにしてくれる?」

「ぬぁ、すみません。つい口が勝手に……」


 横の席に座っていた二十歳前後の男が半眼を向けている。

 探偵風の服装、ただ服を着ているというか着られているようにも見える。

 これはいつものやってしまったやつ。

 大型バスではなく、マイクロバスだから、いつもみたいに人のいない場所に立つことが出来なかった。


「へぇ。男三人、女四人。俺を入れると人数ピッタリ。」

「それがどうしたっての?」

「あ、いえ。すみません。また口が……」


 まだ、何の情報もない見知らぬ七人。

 運転手さんも合わせたら八人だけど、初対面だからまだどうにかなる。

 これが会社勤めで起きたら飛んでもないことをしでかすに決まっている。


「船着き場から、ぐるっと螺旋を描くように往来不可能な道が続いてる。途中に小さな小屋があったけど、あれは人が住んでいるようには見えない……か。道が細いから対向車が来たらどうするのかと思ったけど。もしかしてその心配がないから、これくらいの速度で走れるのか。対向車はあり得ない。つまりこの車しか、この島にはない。」


 小さな島でたった一つの宿泊施設。

 そう聞かせされていたけれど、ここまでとは思っていなかった。


「まるでこの一帯の海を監視する為に作られたような建物だな。民宿にしてはちゃんとした建物。昔はここってそういう使い方をしていた?……それが今や電波を遮断するための癒し施設か。」


 小高い丘に向かって真っすぐに向かうのは普通の車では難しい。

 ただ、登山として考えれば出来なくはない。

 勿論、それなりの体力が求められるが、少なくとも俺を含めた社内の若人は頑張れば登れるだろう。


「結局、途中まではあの小屋だけだったな。勿論、ここにも蔵のようなものはあるけど。……あ、マイクロバスが行っちゃった。あれ、普通に引き返してるよな。もしかして運転手さんは船で戻るのか?」


 なんとなく不安になってしまうのは、この島に取り残されてしまうと直感したから。

 スマホの代わりに持たされた懐中時計で時間を確認した。

 すると、既に午後三時。


「船も何回も乗り継いできたんだ。夜の海は危険だよなぁ。俺は俺の心配をしよ。さ、チェックイン、チェックイン!」


 自分でも分かっていた。

 この時点で俺は七人から距離を取られていた。

 昔から独り言が多かったんだが、一人暮らしをして倍増、スマホ依存になって倍増。

 ストレス溜まって三倍増。


 独り言が多い人に比べて、俺は12倍も独り言が多い。

 でも、それを治す為に今日からここで一週間。

 一週間で俺は治癒の——


「糸口を絶対に見つけてやる‼」


 俺はこの時はまだ、これから連続殺人が起きるなんて、1mmだって考えていなかった。

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