桜の木の下で
とらまる
桜の木の下で
これは小学校の教師をしていたT君から聞いた話である
現在は都内で塾の先生として働いているT君
しかし10年前、彼は東北地方のとある町で小学校の先生をしていた、と言う
ある4月上旬。翌日の入学式の準備のために早めに学校へ向かったT先生。いつものように駐車場に車を停めて職員室まで校庭を眺めながら歩いていた時、ふと桜の木のあたりで何かが動いたような気がした
動物か?いや、不審者か?
恐る恐る校庭の隅に植えられてある桜の木に近付いてみると、一人の小さな女の子が木の根っこあたりで何かを探している様子が目に入った
あれ?こんなに早い時間なのに?いや、まだ春休みだよな・・・
不思議に思ったT先生、声を掛けてみた
「何してるの?」
女の子は振り返りもせず、桜の木の根元あたりにしゃがみ込んで、キョロキョロと何かを探している様子であった
今度は強めに声を掛けてみた
「ねぇ、何してるの?」
すると女の子はすくっと立ち上がり、後ろ姿のまま
「なくなっちゃったの」
と、小さな声でつぶやいた
「えっ、何がなくなっちゃったの?」
それには答えずにその女の子はまるで泣き出したかのように肩を震え始めた
「ねぇ、君は何年何組の子?」
女の子は黙ったまま、こちらに顔を向けようとはしない
「う~ん。困ったなぁ。じゃぁ、先生も一緒に探してあげるよ」
そう言ってT先生、女の子の側へ行き、しゃがみ込んで桜の木の根元に目をやった
「何をなくしちゃったのかなぁ。もしかして、すごく大事な物?」
そう話した時、突然強い風がT先生の身体全体に当たり、彼は思わずよろけてしまった、という
「あちゃ~。ズボン汚れちゃったよ」
そう言って女の子の方に顔を向けたのだが、その子はいなかった
あれ?どこ行ったんだ?
T先生、立ち上がって周りを見回したのだが、どこにもいない
大きな桜の木の幹にも隠れているわけでもない
えっ・・・もしかしたら幽霊?いや、そんなわけないよな。あんなにハッキリ見えていたし。足もあったし
釈然としないまま、とりあえず彼はその場を立ち去った
職員室へ行くと数人の先生方が出勤していた
そのうちの一人、同僚で5年先輩のK先生に今、起きたことを話してみた
「へぇ。で、その子、何年生くらいの子なの?」
「う~ん。2年生か3年生くらいですかねぇ。三つ編みの髪で。黄色いスカート履いていましたね」
「誰だか分からないねぇ。ところで何を落としたのだろうね。そんな所で」
「もしかしたら昨日の日曜日あたりに、桜の木の下で遊んでいて大事な物を落としちゃったのかもしれませんね」
そんな会話をしてその場は終わった、という
翌日K先生の遺体が、例の桜の木の下で発見された
早朝、散歩をしていた老人に発見されたらしい
当然入学式は延期となり、生徒や新入生は登校することはなく、ただ教師だけは今後のスケジュール等の話し合いもあり、職員室に集合となった
警察の実況見分が終え、校長先生や教育委員会の人達との話し合いが行われ、教頭先生から教師達に伝えられたことは驚くべきものであった
K先生の死因は心臓麻痺
どうやら本日の深夜に亡くなった様子
そして倒れていた桜の木の根元が少し掘り返されており、そこから女性の遺体が発見された、というのである
地元ニュースはもちろん、全国ニュースでも報道され、しばらく町は報道陣達と野次馬達でごった返した
入学式は1週間ほど延期され、教師達は自宅待機
そして前日にK先生と会話をしたT君も警察に呼ばれ事情聴取を受けた
何か変わった素振りは無かったか、とかK先生の交友関係や、職員室内での評判とか聞かれたが、思い当たるものは無く、ただ入学式前日、桜の木の下で会った三つ編みの髪の黄色いスカートの少女の話をK先生にした、と伝えた時、取り調べの刑事さんの顔色が少し変わった様子であったらしい
それから2日後
警察より記者会見が行われた
遺体で発見された女性は隣の市に住む25歳の会社員の女性であったこと
死んだK先生とは数年前からその女性と不倫関係にあり、その痴情の縺れから、K先生が女性を殺害した可能性があること
そしてその女性は妊娠していた可能性があること
K先生の住んでいるマンションの防犯カメラを調べたところ、死亡発見時の深夜に、まるで誰かに手を引かれるようにフラフラと一人でマンションを出る姿が映っていた
とのことであった
T君は思ったらしい
俺が見たあの女の子は、何だったのだろう・・・
それにあの子、「なくなっちゃったの」って言ってたな
一体何を探していたのか、未だに分からないんだよ
そんな話をしてくれた
私は思った
10年前に彼が見た女の子は、何か探していたわけではなく、亡くなった女性自身が姿を変えて出て来たのかな、と
失くなっちゃったの、じゃなくて
亡くなっちゃったの、と言っていたのではないかな、と・・・
桜の木の下で とらまる @major77
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