第2話 賢者は追放したいが、おっさんと語り合いたい

「アルテ、やはり君はこの勇者パーティーから追放され鵜べきだとボクは進言しておくよ」


 【勇者】であるセラトリアから、追放勧告と同時に、一緒に付いて行くと言われた日から、数日後の、とある夜。

 俺は、【賢者】ナウン・ガロにそう進言された。


「----勿論、ボクは君と一緒に行こうと思ってるけどね」


 そう語る【賢者】の言葉に、俺はセラトリアから受けた勧告を思い浮かぶのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「前にも言ったとは思うけど、改めて伝えておくね。ボクはアルテには勇者パーティーは、相応しくないと思うんだよ」


 ナウンはそう言いながら、焚火の前で夜の番をしている俺の横に座り込む。

 しかも、まるで当然のように、俺の横に座り込んでいた。


 ----【賢者】ナウン・ガロ。

 勇者パーティーの一員にして、王都が送り込んだ最強の魔法使い。


 彼女は人間ではなく、獣人と呼ばれる獣の特徴を持つ、特殊な人間であった。

 黄金色のモフモフとした髪の上には狐の耳のようなモノがあり、お尻からは3本の、これまたモフモフした狐の尻尾が生えている。

 そんなナウンは、魔法使いを思わせるローブを着たまま、俺に近付いてきた。


「あんな血族主義の王国から来た勇者なんかが、ボク達を率いるってのが間違ってるんだよ。確かに魔王を倒すには一番いいかもしれないけど、ボク達には相応しくないのは確かだね」

「まぁ、王国はお貴族様の国だからな」



 【勇者】のセラトリアを送りこんだ王国は、完全な貴族社会。

 生まれだの、貴族としてどれだけの地位を持っているかによって、王国では受ける恩恵が変わって来る。

 分かりやすく言えば、例えどれだけ無能であったとしても、生まれた家が立派ならば、一生遊んで暮らせる国。

 逆に言えば、小国の平民たる俺なんかだと、お貴族様とのコネがないと、きちんと稼ぐ事すら難しい、非常に住み辛い国なのだ。


 一方で、【賢者】のナウンを送り込んだ帝国は、徹底した実力主義。

 元々は田舎の平民であったナウンはその高い魔法の才を認められ、僅か15歳にしてお貴族様のトップクラスたる公爵にまで上り詰められるほどの、実力こそが全ての国。

 逆に言えば、怪我で引退ともなれば、【狩人】としての力しかない俺なんか、一気に奴隷落ちしてもおかしくない国なのだ。


 本音を言えば、どっちの国もやべぇとしか思わん。



「さも当然のように、アルテを火の番に命じて、自分は聖女様と共にそそくさと眠るだなんてさ」

「仕方ないさ。お姫様に、不寝ねずの番はキツいんだろう。俺は慣れてるけどな」


 今日、俺達はトレントの森に来ている。

 トレントとは植物型の魔物であり、樹の幹の真ん中部分に顔があるという樹木に良く似た姿形をしており、動きはさほど速くはないのだが、とにかく頑丈で、攻撃力も高いのが特徴の魔物である。

 普通の木々に紛れてるのも厄介な点であり、そんな厄介な魔物だから勇者パーティーに討伐依頼が来たのだが。


「今日は1日で30体以上のトレントを倒したし。2人とも頑張って倒してたし、ナウンも寝たらどうだ?」

「一番の功労者が寝ていないのに、すやすや眠れるほど、ボクは恥知らずではないよ」


 ナウンはそう言って、弓矢を俺へと差し出す。

 ただの弓矢ではなく、矢尻の部分に避雷針代わりとなる特殊な鉱石を使った特殊な弓矢である。


「これが、【アクアトレント】にだけ刺さってるのに気づいて、ボクはやはり君は凄いなと確信したのさ」


 ほとんどの植物は、火を付ければ燃えて、灰になる。

 それは魔物にも当てはまり、トレントは植物型の、樹木に似た魔物であり、当然ながら弱点は火属性の攻撃で、燃やすのが一番効く。

 魔法使いによる火属性魔法、あるいは火属性を付与するスキルや、単純に火をつけての着火などが効果的で、対処も容易い。


 ただし、その中にアクアトレントという、普通のトレントよりも水分を多く含む特殊なトレントが居るとなると、話は全く別になる。


 水分を多く含むアクアトレントには火属性はまるで効かず、さらには周りのトレントに燃え移った火も消してしまう厄介な特性があるのだ。

 おまけにアクアトレントは『火で燃やさない限りは見分けがつかないと言われるくらい』と言われるくらい似ており、アクアトレントが居るか居ないかで、討伐難易度が跳ね上がるという魔物なのだ。


「アクアトレントの弱点は、雷属性。水を多く含むアクアトレントは雷属性が弱点なのだが、火属性の魔法と違って、雷属性は詠唱の難易度、そして発動に必要な魔力も跳ね上がる。まぁ、ボクにかかれば、そんなのは些細な違いでしかないんだけど」

「自慢か?」

「事実を言ってると言う事を、自慢として捉えるならそうだろう。しかし、そんなボクでも全てのトレントに、アクアトレントか否かを考えて雷属性と火属性の、2つの属性魔法をかけて回るのは効率が悪いと分かってる」


 ----だからこそ、この矢が重要になって来る。

 ナウンは身をより出して、モフモフとした髪や尻尾にも負けず劣らずの弾力を誇る自身の大きな胸を押し付けながら、俺に質問責めしてくる。


「この矢が刺さっているトレントが、全てアクアトレントだと瞬時に理解した瞬間、このトレント討伐の難易度が一気に下がったと言わざるを得ないね。アクアトレントが脅威なのはトレントとほぼ見分けがつかないという、ただその一点にあると言っても過言ではないし、実際、他の2人も助かったと思うよ。雷属性を使えるのはボクだけではないにしろ、一番使いこなしているのはやはり、ボクだからね。

 ----ねぇ、アルテ。後学のために聞いておきたいんだが、君はどうやって見分けていたのかをご教授願いたいんだ」


 眼をキラキラと輝かせる、10以上も下の女の子の視線には逆らえず、俺は自分がどうしてそう判断したかを語る事にした。


「葉っぱの茂り具合だよ。アクアトレントは知っての通り雷属性の攻撃が弱点だからか、自分の顔の丁度上が空を見渡せるように、葉っぱが異様に少なくなってるんだよ。魔法使いが起こす雷よりも、空から降る雷の方が、アクアトレントにとっては対処しなければならない案件だからな」


 昔、小国の一冒険者だった頃に、トレント討伐の際に得た知識だ。

 雨が激しく降りしきる中での討伐だったのだが、普通のトレント達が果敢に攻めて来るのに対し、アクアトレント達の行動はいつもよりも遅かった。

 討伐後に詳しく理由を突き止めた結果、アクアトレント達は雷雲を見るために視界の上の部分の葉っぱの茂みを少なくしており、雷雲を見て判断していたのだと。


「その事を知っていたから、茂みが少ないトレントに避雷針用の弓矢を放っただけさ。アレがあれば、雷属性を撃てば吸い寄せられるように、倒してくれるとね」

「……なるほど。経験として知っていたという事か。魔物の研究家が欲しがるのは基本的に討伐後の姿であり、大抵は雷属性で倒して葉っぱも全ておじゃんになった状態で来るのがほとんどだから、あまり研究として進んでないという訳だね」

「そんな重要な事なのか?」


 俺としては、ただの豆知識程度で覚えていただけで、そこまで重要な知識とは思ってなかったのだが。


「重要さ、なにせ知っておけば今回のように対処が容易になるからね。知識と言うのは得るものであるのと同時に活用するものさ、君の実地で得た経験という知識はやはり素晴らしい。

 ----ちなみに、君達はアクアトレントを討伐後に知ったみたいだが、その際にトレントと違う所を見つけたりしたのかい? 例えば、木々の質だとか、そういった」

「えっと、それはだな----」


 と、不寝の番をするはずが、すっかりナウンとの知識の共有会みたいになってしまい、俺が解放されたのはもう明け方近い頃だった。


「やはり、アルテ。君の知識は有意義だ。

 ----君と2人でパーティーを組む時が、今から楽しみだよ」


 寝ていないはずなのに、ツヤツヤとした満足げな顔で、ナウンはテントに戻っていくのであった。




 ===== ===== =====

 【賢者】ナウン・ガロ


 出身地;帝国の田舎町


 年齢;15


 役職;魔法使い


 得意な事;他者の追随を許さない魔法技術、獣人としての人間離れした身体能力


 苦手な事;家事全般


 特記事項;実力主義の帝国から勇者パーティーに派遣された、獣人の魔法使い。高い知性を兼ね備えており、実力主義の帝国内にて一平民という立場から他の追随を許さぬ高い魔法技術によって、現在の地位まで辿り着いた。帝国内に置いての彼女の地位は、公爵

 獣人と呼ばれる獣の特徴を持つ人間であり、狐の特徴を持つ狐獣人。武闘派と呼ばれる肉体派の獣人に比べると劣るも、普通の人間に比べると高い身体能力を持つため、近接戦もある程度可能。戦いにおいては詠唱破棄や短縮詠唱などを用いた素早い魔法発動と、20個までは並列で発動できるという魔法の同時発動など、戦闘では主に魔法を用いた戦いを好む

 知識欲に飢えており、勇者パーティーに来た理由も「魔王という存在を観察するため」程度のものであり、現在は経験から来る現場でしか得られない知識を持つアルテの方が知的興味が高い

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