08.


 上川。

 表札に書かれている文字。

 お洒落な新築の二階建ての家の前に私は立っていた。


「早く〜」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 二人に促されるまま連れてこられたここは、学先輩の親友の家らしい。


 チャイムを鳴らしてすぐに出てきた男性は二人(と一応私も?)を見てため息を一つこぼした。


「……またお前らか」


 どうやら約束していたわけではなさそうだ。不服そうな表情を浮かべている家主をそのままに二人とも慣れたようで家に入っていく。


 え? ちょっと、置いてかないでよ。


「とりあえず上がれば?」


 家主は二人に置いていかれてどうしたらいいか分からない私にそう告げた。


 ありがとうございます、と小さく呟き玄関を通るとやはり新築の匂いがした。



 家主こと、上川千尋カミカワチヒロ先輩。

 同じく一つ上の先輩だ。明るく人懐こい性格でたくさんの人に囲まれている印象がある。背はそんなに高くないけど、女っぽい(と言ったら怒られそうだけど)顔立ちで、ジャ◯ーズとかにいそう。兎にも角にもやはり簡単にはお近付きになれない人には間違いない。


 そんな私がまさか学先輩と千尋先輩の家にいることが信じられない。


「部屋、こっちね」


 千尋先輩は少しだけ不機嫌そうに部屋に案内してくれた。

 片付けられた部屋には大きなテレビとベッド、そしてソファが置いてある。隅っこにはギターが置いてあった。へぇ、千尋先輩ギター弾くんだ。


「キョロキョロしないで座れば?」

「あ、すみません」


 杏の隣に腰掛けるとすぐにテーブルに飲み物を置かれた。どうやらオレンジジュースのようだ。


「ありがとうございます……」


 コップに口をつけて一気に飲み干すと目を丸くした千尋先輩がいた。


「喉渇いてたのか?」

「あ、すみません……なんか緊張してて」

「いやいや緊張する必要なんかねぇよ」


 ぶっきらぼうだけど少しだけ表情を柔らかくして笑った千尋先輩を見て、更に動悸が増した。


「……なんか更に緊張する」


「え?」


 !!!!!!


「あ、声に出てたー」


 って、また声に出してしまって、もう、恥ずかしさで顔が熱い。


「千尋君、由梨人見知りすごいから。優しくしてあげて〜」

 すかさず杏がフォロー入れるけど、それならもっと最初から、ここに来る前からフォローして!


「はい、おかわり」

 学先輩がジュースを注いでくれて、

「今度はゆっくり飲めよ」

 なんて千尋先輩も笑ってる。


 ひぃぃぃぃぃぃ。可愛い。

 ごくごくごく。


 堪らずまた一気飲みする私。


「だーかーらーー」

「あはははははは」


 千尋先輩は呆れて、杏が笑っていて、学先輩も微笑んでいて。気付けば私も笑っていた。


 あ、失恋しても笑えるんだ。


「それでは場も和んだ事ですし、マ◯オパーティーでもしましょう!」

 杏がSwitchのリモコンを私に渡してきた。

「こう見えて由梨ね、ゲーム得意なんだよ。きっとミニゲームはぶっちぎりだから気をつけて」

「へぇ、それは楽しみだね」


 もう学先輩と杏はテレビの前でスタンバイしている。チラッと千尋先輩を見たら、


「ま、やりますか」


 と呆れつつもリモコンを手にしたから、私もそれに続いた。





「ぎゃーーーー、やっぱり負けたーーー」


 最終得点の差に唖然とする三人。いや、ほら、杏が言う通り私ゲーム得意だし。


「恐るべしゲームマスター由梨ちゃん」

「くっそーーー」


 学先輩は感心しているし、千尋先輩は悔しそうにしている。いつのまにか千尋先輩の不機嫌はどこゆく風で、ゲームに一番集中していたのはこの人かもしれない。



「よし、由梨の良い気分転換になったし、そろそろ帰ろうか」

「うーーん、気付けば外も暗くなってきたね。ホラ杏のコート」


 学先輩が伸びをした後、杏の上着を取って着せてあげていた。

 わー、紳士。杏はありがとうと幸せそうな笑顔を見せている。

 ふふ、杏幸せそう。私も帰り支度をしながら二人を眺めていた。


「それじゃあまたねー」

「千尋、次は学校で」

「おう、気をつけろよ」


 玄関まで見送りにきた千尋先輩に二人は声をかけて歩き出す。私は一旦立ち止まり、玄関のドアを閉めようとする千尋先輩に声をかけた。


「千尋、先輩。あの……今日は突然な訪問にも関わらず、ありがとうございました。なんか本当元気出ました。楽しかったです」


 一瞬驚いた顔の千尋先輩は次の瞬間フッと笑った。


「俺も。今日は楽しかった」


 ちょっと切なそうな顔でそう言い言葉を続け、


「特に由梨ちゃんのオレンジジュースがぶ飲みがなぁ」


 と、悪戯っぽく笑った。


「!!!! や、それはやめてくださいー」

「あはは、うそうそ」

「もー」

「こちらこそありがとうな。また遊びに来て。今度はゲーム負けないから」

「は、はい……」


 可愛い顔で微笑むもんだから、また顔が火照る。


「そ、それじゃあ。杏達に置いていかれちゃうので」

「うん。気をつけてね」


 パタンと扉が閉じると、一気に外の冷気に包まれる。でもまたすぐに扉が開く。

 どうしたんだろう。


「あと、先輩呼びじゃなくていいよ。千尋って呼んで」


「!!!!!!」


 じゃあねって今度こそ扉を閉められて、目の前には玄関の扉。

 立ち尽くす私。

 外は寒いはずなのに。

 何でだろう。


 暑くて仕方ない。




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