03.


 いつの間にか本当に寝てしまったようだ。


 気付けば時計の針は23時を回っている。辺りを見渡しても誰も居ない。……おかしい。杏と愛子はどこに行ったんだろう。


 シン、と静まり返っている中、耳を澄ますと向かいの部屋からかすかに笑い声が聞こえる。

 ああ、二人とも別の部屋に遊びに行ったのか。今日試合に負けて明日は男子の応援だけと言ってももう遅いんだから早く寝ないといけないのに。全く。


「由梨、起きた?」


 気付けばいつの間にか杏が襖を開けてこちらを見ていた。


「……うん。今起きた。気付いたら寝てた」

「勇志君達にトランプしよーって誘われてるのに起きないんだもん」

「え? そうだったのか」


 勇志達とトランプしたかった……、じゃない! 思い出したさっきの事。そしてまたみるみる顔を赤くする私。


「ほら〜起きたんだったら、行くよ」

「え、」


 腕を掴まれて一気に立ち上がらせられて、引っ張ろうとする杏。


「勇志君、由梨に話あるってよ!」

「!!!!!!!!」

「ほらほら〜」


 ドクドクドクドク。心臓がうるさい。


 度胸も覚悟もないのに勝手に話が進んでいるようで少し怖い。

 でもそれ以上に勝手にこの先を期待してしまう自分がいる。


「ちょ、ちょっと待って」


 私の言葉は杏に届いてないのか、もう目の前には勇志達の部屋の前の扉がある。


 古い民宿だからここまで近付けば中の声も聞こえる。数人の話し声とテレビの音。

 ガラリと襖を開けると部屋の中は暗かった。テレビの光だけが唯一の明かりで、でも勇志の姿はすぐに見つかった。一番奥の角で体育座りをしている。


「だーかーらー、勇志君。由梨可愛いと思ってるんでしょ」


 愛子が隣で勇志の顔を覗き込んでいる。

 私達が襖の前にいる事に気付いていない様子だ。


「由梨はさ、勇志君の事好きなんだよ。勇志君もそう思ってるって事だよね? ね?」

「ちょっと愛子!」


 ……え。

 なに? この状況。

 あれ? 今愛子何言った?


 杏がたまらず声をかけて、愛子を止めようとしたけれど、発された言葉はもう既に勇志の耳へと届いてしまった。


「あ、由梨! いいところに!」


 愛子は悪びれも無く私を見つけ、こっちこっちと手招きをしている。でも私は動けない。後ろの杏が私の両肩に手を置いて、大丈夫かと声をかけてきたけど答える余裕がない。


 なんで、愛子、私の気持ちを、勝手に言ったの?


 恥ずかしさよりも悲しさでいっぱいになる。

 そして何よりも気になったのは勇志の様子。


 チラリと勇志を見ると、パチッと目が合った。でも次の瞬間離される。

 そして飛び出してきた言葉はこうだ。




「俺、好きな人いるし」




 どうしてこうなった?

 大事に、大事にしていた私の恋心。

 ただ話せるだけで嬉しかった。

 ただ同じ空間にいられるだけで幸せだった。


 タイプだって、……可愛いって言ってもらえただけで、



「それだけで良かったのに!!!!!!」



 再び部屋に戻ったと同時に枕を投げながら言葉を荒げてしまった。


 でもそれでもおさまらない怒りと悲しみ。


「由梨……」

「ごめん、由梨」


 二人が後を追いかけてきて、謝っている。でも顔を見たくない。口も聞きたくない。

 惨めで、辛くて、苦しくて、全部愛子のせいにしたかった。


 結局は勇志に選ばれなかった、自分のせいなのに、誰かのせいにしないと堪えられなかった。


 枕に顔をうずめて、じわりと滲むだけだった涙が、ついには溢れ出してしまった。


「……うっ、う……」


 胸が痛い。失恋ってこんなに辛いんだって。

 生きてて16年間知らなかった。


 こうして私の遅い初恋は、勝手に散ってしまったのだった。




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