14.一本目のピトン-2

「先生はズルいです。いつになったら私を『群集サークル』に入れるおつもりですか?約束、しましたのに」


 ポンポンしている手が思わず止まる。


 しまった。まったくもってその「さーくる」とやらに聞き覚えがない。

 異世界名詞なの?部活じゃない事だけは分かる。


 これ私が安請け合いして忘れたやつ?

 それともまさかまさかグレちゃんの夢に出てって、現実と混同しちゃったやつ?

 夢の中で彼氏に浮気されて、起きたら不貞腐れる女の子とか聞くだろ?それなの?


 どうしよう。このままではせっかく信頼を勝ち得た教え子からの信用を失いかねない。


「……ごめんね。グレちゃんを『さーくる』に入れたくないとかじゃなくて、私の方に問題があってね」


 適当言ってしまった。物凄く曖昧だ。ジャパニーズゴマカシ。


「……いいえ。ごめんなさい、先生。私の方こそ」


 何故かグレちゃんの方が「しまった」みたいな顔をしてる。


闇妖精ダークエルフの森がああなってしまっては、新しい『群集サークル』を作る気になれないのは当たり前のはずなのに。気が逸り、無神経な事言って本当に申し訳ございません」


 え?何かグレちゃんにガチな感じの心配をされている。


 私の種族もしかしてヤバイ?絶滅危惧種?

 この世界もやっぱエルフの森って松ぼっくりのように着火しやすいの?


 早く話題を変えよう。ダークエルフに対して全くの無知なのがバレたらどう説明したらいいか分かんない。


「私は本当に大丈夫だよ。《安息の地エルピス》のみんながいるから。それより、お帰りなさい。断層ヴォイド攻略お疲れ」


「そうでした。コホン。グレゴリア・グラリス。先生から仰せつかった仕事を完遂し、ただいま帰還いたしました」


 私の強引な話の転換にもツッコミを入れる事なく、グレちゃんは合わせてくれた。

 流石グレちゃん。優しさに定評がある。古き良きセンターの器。ファデラビム一のアイドル。


「急に振った仕事なのに、ありがとね!」


「お安い御用でした」


「ケガはない?」


「無傷です。流石先生の戦力判断。スリリングな場面はありつつも、二人共何ら損傷ありません」


「よかったぁ」


 私は長い息を吐いた。大丈夫とは思っていたが、現に教え子が無事に帰還してくれるのは喜ばしい事である。


「入手した欠片レリックはどうされますか、先生?」


 そっか。考えもしなかった。

 確かに、の低レベル帯断層ヴォイドとはいえ、ドロップぐらいするか。


「うーん、グレちゃんがメイン戦力で踏破したやつだから、それはグレちゃんが決めた方が」


「では先生に献上させて頂ければ」


 その気持ちは本当にうれしいけど、なんか生徒から搾取しているようでちょっとなぁ。

 しかも、レベル6の断層ヴォイドの装備なら、多分今更使わないと思うし。


「グレちゃんさえ良ければなんだけど、就職祝いとしてベルナちゃんにあげたいと思う。どうかな?」


「何一つ異論などありません。初仕事の記念品としてはやや高価な物となりますが、ベルナ嬢もお喜びになると思います」


「そっか。ありがとね、グレちゃん。グレちゃんも何か欲しい物ある?」


「私は今こうして、ご褒美をもらっているのではありませんか」


 そうだった。

 ハグナウだった。いまだ全裸だった。


「そ、そろそろ離してくれない?グレちゃん」


「先生……」


 囁くのをやめなさい。エッチなのでやめなさい。

 お腹に力を入れて発話してください。元気で健全な感じで。


「先生の『群集サークル』に入れなくとも良いのです」


 急いで背中ポンポンを再開しようとするも、グレちゃんはひょいっと私の右手を躱し、馬乗りの姿勢を取った。


「ただ少しだけ、お情けを頂ければ……」


 シャララーンという私の脳内SEと共に、グレちゃんの上半身にかけていた毛布が滑り落ちる。


 やめなさい。

 この角度、危なすぎます。

 先生が前世インターネットで購入したVRなんちゃらのやつの内容を想起しそうな絵面になるような行動は慎むように。

 先生の地元東京が熱くなります。


「あら。やはり、闇妖精ダークエルフは基本同性でもイケちゃうのは、本当のようですね。ふふ、呼吸が荒いですよ、先生」


 マジか、ダークエルフ!

 デフォで百合ありなのか!なんて先進的で卓越した種族なんだ!


 違う、そうじゃない。今はそれどころではない。


「お、降りて?グレちゃん?冷静になって?」


「そんな意地悪な事を、言わないで、先生……」


「意地悪じゃなくてね?こう、教育上良くないと言うし?」


「先生もちょっと期待しているのではありませんか。ここはもうこんなにも――」


 バーンという爆音と共に、部屋のドアが乱暴に開けられた。


「……色ボケニワトリめ。最近大人しくしていたと思ったら……」


 慣れ親しんだ姿がそこにいた。


 妹だ。ジト目である。いつもだが。


「あら、ティファニーア様。おはようございます」


 ティファニーアとは、妹の本名である。ティフィは私だけに許された愛称のようなもの。


 にしても、今日のグレちゃんはブレーキが壊れてる。

 普段ならティフィが現れる途端逃亡するのにめちゃくちゃ強気だ。


「私がまだ言葉を使って意思疎通している間にささっと妹の上から退きなさい」


「む。ティフィ、私の方がお姉さんでしょ?あれ程ティフィの方が妹って言ったのに」


「それ、一度でも私が同意した事、ある?」


 もう。お姉ちゃんぶりたい年頃なのは知ってるけどね。かわいい。

 でも私の方がお姉ちゃん……お兄ちゃん?

 お姉ちゃんか。現実を受け入れよう。


「むふふ。ティフィはお年頃だね」


「……言いたい事はそれだけ、フィーナ?」


 しまった。

 思った以上にご機嫌斜めだ。


「ティファニーア様。先生と大事なお話がありますので、部屋の外で三十分程待っていただければ幸いでございます」


「……言うようになったわね、色ボケニワトリ」


 グレちゃん?あなたの背後で、カンカンな私の妹がフォームを変え始めてるよ?もっと緊張感持って?


「ティフィ?ティフィさん?確かにグレちゃんのボケは今日ちょっと過激だけど、英雄喰らいキャスパリーグに変身しなくてもよくない?ツッコミとしては過剰と言うかうわああぁぁぁぁ!」


 鋭利な風きり音と共に、私の部屋は爆ぜた。


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