TS転生ダークエルフおじさん、二度目の熱血教師ライフ〜かわいい教え子達を全肯定してるだけなのに、高額賞金首ってあんまりでは?〜
武篤狩火
プロローグ 夢の残骸
「嘘つき」
「謝ればいい事じゃん」
「何で本当の事を言わないの?」
「こっち来ないで!犯罪者菌がうつる!」
幼少期の昏い記憶だ。クラスメイト、友人、両親……助けてくれる人などいない。周りから孤立された僕の世界は、酷く寂しいモノクロの世界だった。
「あなたを信じます」。
そんな中、あの先生だけは僕の目を真っすぐ見て、そう言ってくれた。
教師を目指す僕の原点だ。
あの人のような、良き先生になるために努力を重ねてきたつもりだ。
でも……僕は失敗した。
◎
小雨が降っている。視界が悪く、殆どの物が霧の中。
匂いだけは、何よりも鮮明だった。
死と足掻きと諦観が混ざったかのような、饐えた匂い。
眉をひそめて、本能的に周りを見回すと直ぐに分かった。「私」はゴミ溜めの上に、さっきまで膝を抱えて座っていた。
視界に入る自分の両手と指が華奢で柔らかそうであり、一瞬きょとんとした。だが何故かそれが自分だという認識がすんなりと入ってくる。
そうあって当たり前。「私」になる前の記憶か、体その物の自意識というところだろうか。
湿った何かが首と肩を這っている。濡れた自分の髪だ。こんな最悪な衛生環境にいるのに、驚くほど澄んだ白銀の輝きを放っている。まるで、誰かに何かを証明したがっているような存在感だ。
雨に打たれながらその場で留まり続けて十分、私はようやく諦めがついて、新しい重心を用心深く確認しながら立ち上がり、ゴミ溜めから離れた。
「立ち上がれてえらいッ!」
自分を鼓舞するために高らかに言い放つ。私はいつだって褒めて伸ばすタイプだった。メッセージ性があるようでまったくなかった言葉だが、私は満足している。
覚悟していたが、銀の鈴のような透き通った声だった。
これが私の声か……今の私は年齢的にはかつての教え子達とそう大差ないかもしれない。
地面に貯まっていた漆黒の水溜まりの内容物を極力想像しないまま覗き込む。
「はにゃ……」
思わず胡乱な感嘆の声が出た。そこには想像を遥かに超えるド級の美少女が佇んでいた。
まず目に留まるのは瞳の色。一見琥珀色に見えた虹彩は、瞳孔に近い部分の色は絶えず変化し続けている。まるで万華鏡だ。この時点でもうファンタジーを感じざるを得なかった。
肩甲骨の下まで伸びる、液体のプラチナのような長髪に、長い耳。精緻に配置された五官によって構成されたのは、威圧感すら放つ程の美貌。人間離れしている……というか、耳からして人間ではないと思う。
どことなく幼さを感じさせる目鼻たちに、細い手足と低めの身長。やはり年端もいかない少女のように見える。教師だった私からの判断は十四歳前後だ。人間の尺度だが。
それにしても……このおっ……その、お胸は頂けない。道理で重心がおかしいと思っていたんだ。
直立したら、真下の地面がまったく見えないんだ。流石に大きいよ……中学生みたいな年齢じゃなくても。こんなんじゃ同級生の男の子が日々悶々としてしまうよ。
私は意志力を総動員して、自分の胸を両手で掬い上げる衝動を抑えた。そんな遊びをしている暇はない。
当たり前のようで、確認せずにはいられなかったが、まあ……相棒は……私の元を離れ自立した。
さらばだ……相棒。三十五を超えてから、朝の時君が示してくれた硬度が日に日に落ちていった事について頭を悩ませていたが、そういう事も今後はなくなるのか。複雑な気分だ。君のことは忘れないよ。
うぅ……股間の違和感がすごい。
「異世界転生だぁ……」
生徒に感謝しよう。
私の趣味は長年ゲーム一本だったが、授業中に繰り返し漫画やライトノベルを読む竹下君の考えを理解するため、自腹でそれらを購読していたら思いの外ハマっていた。
ちなみに私自身がハマってしまったせいで、竹下君にお叱りを施す前のちょっとした雑談で物凄く盛り上がって、最終的にあまり強く言えなかったのは失敗だった。
ともかく、竹下君がなかったら、私は今落ち着いて自己分析などできなかったのだろう。ありがとう、竹下君。
そういった知識からすると、私は異世界転生していると思う。
まず耳からしてもう完全にエルフだ。瞳の色も一部ゲーミングしている(色合いはもっと落ち着いているけど)。人間の構造じゃないんだもん。
もんって……
やはり思考も少し体に引っ張られているようだ。先ほどの「はにゃ」といい、中年の男性教諭の思考の中に決して混じってはいけない言葉が時々現れる。途方もない羞恥に襲われ、思わず両手で顔を覆う。
顔を覆う手のひらを見てふと気付く。肌の色も少し浅黒い。ダークエルフといったところか。
異世界転生も色んなタイプがある。赤ちゃんからやり直すパターンとか、そもそも魔物に転生するパターンとか。
私がこの姿形になったのは何か理由があるのだろうか。人間の様で少し違う種族、元とは逆の性別、教えていた生徒と似たような年齢。
「『ギルフィーナ・レオン・ルミエール』……」
「自分の」名前をごく自然に思い出せた。長い名前だが、一字一句明白に覚えている。このダークエルフの女の子の……「私」の名前だ。
本当の……元のギルフィーナは何処に行ってしまったのだろうか。私達二人は混ざってしまったのか?それとも……私が彼女の体を無断に占拠してしまったのか。そう思うと身震いした。
考察しようのない事でネガティブに陥っても仕方がないと自分を強く律する。頭を左右に振って、深く息を吸った。
雨でも洗い流せないゴミ溜めの酸っぱい匂いが胸中を満たす。決していい匂いでは
ないのだが……呼吸できる事自体とてもありがたい。
私を刺したあの子の父親の絶望と狂気に満ちた仄暗い目がありありと浮かび上がる。
一人の生徒の心を、救い損ねた。
言い訳はすまい。子供を導く大人として、決定的な失敗だ。
だが、何故かは分からないけど、二度目の機会を得た。
セカンドチャンス。
どんな問題児でもセカンドチャンスはあって然るべきだと私は信仰していた。だから私自身にも二度目の機会が降って来たのだろうか。
二回目の生を与えられた私にしかできない事があるのかもしれない。こんな私を必要としている誰かがこの世界にはあると言うのであれば、私は歩み続ける義務がある。
そして私は、半分ぐらいしか残っていなかった壊れた路標を見て、地平線のギリギリ限界のところにある大きな街に向かった。
ファデラビム。「最果ての深淵」というその都市の異名が、記憶として脳内に浮かび上がる。
あそこに行けと言うんだね。
あそこに私を必要としている……私の教え子になるべき誰かがいると言うんだね。
熱く燃え滾る使命感を握り締めながら、若くバイタリティーに溢れる長い両足を使い、私は走り出した。
全力疾走などどれぐらいぶりだろう。若いのは本当に素敵な事だ。一呼吸ごとに、じんわりとした温かさが全身に広がる。
快調な体に引っ張られ、私は未来に関してとても希望的になった。
雨の中で走りながら、思わず笑い声を上げてしまう程に。
もう一度目指そう。
生徒を絶対に悲しませないような、理想な先生を。
「い、痛い……クーパー靭帯が……」
調子に乗り過ぎたようだった。若くとも、ちゃんとした装備を整えないと、女性なら全力疾走するとこうなるのか。実感としての新しい学びを得た。将来女性の生徒ができたら、この学びが生かされるかもしれないな。
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