飛べない鳥でも鳥は鳥

物部がたり

飛べない鳥でも鳥は鳥

 むかしむかしあるところに、空に憧れる鳥がいた。

 いつも空を見上げては「空を飛びたい!」と思っていたが、鳥は空を飛ぶことができない地鳥ちどりだった。 

 地鳥には立派な翼が付いているが、翼は今まで役に立ったことはなかった。

 地鳥自身、自分の翼が何のために付いているのかわからなかった。

 そんな地鳥を仲間の空鳥そらどりたちはいつも馬鹿にしていた。

「やーい、やーい、おまえは鳥なのに飛べないのか。その翼は何のために付いているんだ」

「飛ぶために決まってるだろ!」

 地鳥が負けじと言い返すと「なら飛んでみろよ」と空鳥たちは飛び立った。


「飛んでやる、飛んでやるぞ!」

 地鳥は力いっぱい翼をバタバタさせるが、地鳥の足は地面をぴったりと付いたままだった。

「やっぱり飛べないんじゃないか。飛べない鳥は鳥じゃない。今日から鳥を名乗るなよ」

「ぼくは鳥だ。おまえたちと同じ鳥なんだ!」

「なら飛んでみろよ。どうせ飛べないだろうけどな」

 空鳥たちは空から、地鳥を笑い者にした。


「今に見てろ!」

 その日から、地鳥は空を飛ぶ猛特訓を始めた。  

 来る日も来る日も、地鳥は体に重りを付け、何時間でも翼をバタバタさせ、空を飛ぶイメージトレーニングを欠かさず、助走をつけて高いところから飛び降りた。

 地鳥には努力する才能があった。

 何度失敗して諦めず地鳥は努力した。

 そして努力は才能を凌駕りょうがする。

 猛特訓すること一年、地鳥の足は地面から少し浮き上がった。


「浮いた、浮いたぞ、少し浮いたぞ!」

 努力が無駄ではなかったことを実感し、ますます特訓に力を入れた。

 月日を重ねるごとに少しずつ、飛躍時間が伸びていった。

 始めは一秒くらいだったが、十秒になり、五十秒なり、百秒になり、空を飛べると言っても差し支えないほどになった。

「どうだ、ぼくだって空を飛んでるぞ!」

 その様子を見ていた空鳥たちは鼻で笑いながら、「それは飛んでるんじゃない、浮いてるだけだ。飛ぶっていうのはこういうことだ」と、鳥たちは自由自在に空を飛び回った。


「わかったか。空を飛ぶっていうのはこういうことさ」

 地鳥は空に浮くことはできたが、移動することはできなかった。

 空中移動しようとすると、バランスを崩して落下してしまう。

 努力の鬼、地鳥は空中移動の訓練も始めることにした。

 直立になっている体を少し傾けて前方に移動する。

 が、空中移動に集中すると、翼の運動がおろそかになり、翼の運動に集中すると、空中移動ができなくなる。

 だが、地鳥は諦めず訓練を続けること数年、無意識下で翼の運動と空中移動を行えるようになった。


 地鳥は空鳥と呼んでもいいくらいに、空中を自由自在に移動できるようになっていた。

「どうだ、空を飛んでるぞ。見てみろ!」

 空鳥たちは難癖を付けられるところはないか探したが、どこにも文句の付けようがないほど地鳥の飛行は完璧だった。

 もう鳥ではないと馬鹿にすることはできなくなった。

「へっ。じゃあ、最後の試練だ」

「最後の試練?」

「おれたちはこれから大移動しなければならない。おまえはおれたちについて来れるか? ついて来られれば鳥だと認めてやるよ」

 

 つい最近飛べるようになった地鳥には危険な試練だったが、「なんだ、そんなことか。いいだろう」と地鳥は自信満々に答えた。

「早速出発だ」

 空鳥たちに続いて、地鳥も渡りに続いた。

 風を全身に受けて、広大な自然を見下ろすのは地を歩いていたときには経験することのできなかった爽快感があった。

 どこにでも行けると地鳥は思った。


  *             *


 それから何日も、休まず長い距離を移動して、地鳥は少し疲れを感じ始めていた。

 地上にいたときには考えられないほど太陽が近く、体が燃え尽きそうなほど熱くなる。

「どうした、もう疲れているのか。まだ先は長いんだぞ」

「疲れてない……」

 地鳥は強がるが、どう見てもカラ元気だった。

 生粋の空鳥たちは少ない翼の運動量で空を飛ぶことができるが、地鳥はその何倍も翼を速く、強く、激しく動かさなければ空を飛べず、体力の消費量が多かった。


 高度が落ちると、翼をバタバタ動かし、また高度が落ちると、再びバタバタ動かす。

 だが体力は無尽蔵というわけはなく、地鳥は少しずつ下降を始めた。

「待ってくれ……!」

 地鳥は前方を行く空鳥たちの背中に呼びかけるが、誰も減速するどころか、振り向いてもくれなかった。

「みんな! 待って! 少し休もう……」

 そういうと、やっと空鳥たちは振り返っていった。

「どこで休むっていうんだ」


 地鳥は周囲を見回したが、見渡す限り太陽の光を燦燦と反射する海ばかりだった。

「休める場所なんてないんだよ」

「そんな……」

「おれたちは先に行く」

「待って……少しだけゆっくり飛んでくれさえすれば、すぐに回復するから……」

「じゃあな」

 地鳥の願い虚しく、空鳥たちの姿は少しずつ小さくなり、最終的には小さな点となって消失してしまった。


 地鳥は空鳥たちに追いつこうと力を振り絞るが、減速し下降を続ける一方だった。

 とうとう海面すれすれを滑走し、海の上に着陸してしまった。

 一度止まってしまうと、再び動き出す力はなかった。

 地鳥は夜まで海面の上をゆらゆら浮いていたが、とうとう波に飲まれて海の中に飲み込まれてしまった。

 月の光が海水の層を透き通って、差し込んでくる。

 差し込んだ月の光は、海底の魚の体やプランクトンに反射して、青白く星のように輝いていた。


 地鳥を中心に海面が地に、海底が天になり、天と地が反転したように感じられた。

 疲れて動かなかった体が海中だと自由に動いた。

 地鳥は気でも狂ったのか、光輝く海底に向かって翼を羽ばたかせた。 

 その後、海底に消えていった地鳥を見た者はいないが、今現在、海の中を空を飛ぶように泳ぐ鳥が確認されている――。

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