5 語る

 * * *


 むかしむかし。

 あるところに、一人の女神候補生がおりました。

 彼女はいつも天界から、下界の人間や動物を眺めていました。


「いいなあ。私もいつか下界に降りて、人間さんたちと仲良くなりたいです」

 女神候補生は目を輝かせますが、周囲の女神や天使たちはこう言います。

「やめておきなさい。我々と彼らとでは住む世界が違いすぎる。下界は不完全で未熟で、汚れた場所。立派な女神になりたいのなら、人間への情など捨てることです」

 それでも彼女は、人間への興味を膨らませ続けました。


 ある日、いつものように人間たちを眺めていた女神候補生は、うっかり足を滑らせて、下界に落っこちてしまいます。

「ぎゃあああ!」

 死ぬかと思いましたが、そこは女神の加護があるから大丈夫。

 馬小屋の屋根をぶち抜いて地面に激突しつつも、彼女は無傷でした。

 でも、馬の世話係の少年には大層驚かれ、心配されました。


 天界は、遥か高く遠く。

 帰れなくなった女神候補生は、少年とその家族のところに居候させてもらうことになります。

 少年たちは、快く彼女を受け入れてくれました。

 故郷を離れての暮らしには苦労や寂しさもありましたが、共に過ごすうち、彼女はますます人間のことが好きになりました。


 数週間後。

 天界から迎えが来たとき、女神候補生は少年と一緒に馬の世話をしていました。

「この少年とご家族が、とても良くしてくださったのです」

 彼女は迎えの天使に、少年たちを紹介します。

 しかし。


「あなたはすっかり下界に染まってしまった。原因となったその人間たちは、裁かれなければならない」

 天使の口から発せられた言葉に、彼女は耳を疑い、そして反発しました。

「裁くだなんて! 彼らは私を助けてくださったのですよ!」

「お前がどう思っているかは関係無い。言ったはずだ、情など捨てろと。女神とは、人間の遥か高み、絶対的な存在であらねばならない」

 天使が腰のベルトから聖剣を外し、女神候補生に手渡します。

「お前自身の手で、そいつらを裁け。下界との繋がりを完全に断ち切ったうえで、天界に戻るのだ」


 女神候補生の返答は決まっていました。

「出来ません。それをやるのが立派な女神だというのなら、私は女神に成れず、天界に戻れなくても構わない」

 そう言って天使を追い返してしまいます。

 彼女に、天界への未練が無いと言えば嘘になりますが。

 しかし、やはりそれは正しい選択であったと思うのです。

 彼女は、その後も大好きな人間と共に、地上で楽しく暮らしたのでした。


 * * *

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