第11話 返せ

 ――――ダンジョン最奥部遺跡内。


 そこでは二人の冒険者が、恐ろしい力を持つリッチと激闘を繰り広げていた。


巻物スクロール爆発エクスプロージョン!」


 マーカスが貴重な巻物スクロールを使用し、大きな爆発を引き起こす。

 遺跡にヒビが入るほどの衝撃が辺りに起こり、マーカスとカレンは体が飛ばされないよう体勢を低くする。


「これでどうだ!」


 頼む、終わってくれ。

 マーカスは心の中でそう祈る。


 しかし爆発が収まったその場所には、傷一つないリッチが立っていた。

 リッチの障壁バリアの硬さは凄まじく、二人はそれを突破できないでいた。


「これでも、駄目だってのか……」


 マーカスの顔に絶望の色が浮かぶ。

 魔法が使えない彼は、今以上の威力を出せる手段を持ち合わせていない。つまり打つ手がなくなってしまったのだ。


 しかしそれでもまだカレンの目は死んでいなかった。


巻物スクロール聖属性付与ホーリーエンチャント!」


 カレンが巻物を消費すると、彼女の剣に白い光が纏わりつく。

 聖属性はアンデッド全般に効果のある属性だ。その巻物スクロールは貴重であり、カレンの収入でもおいそれと買えるものではない。今持っているのは僥倖ぎょうこうと言わざるをえないだろう。


(この巻物スクロールは一個しかない……効果は持って三分、それ以内に……決める!)


 意を決し、カレンは踏み込む。

 地面にヒビが入り、彼女の姿が消える。


「はああああっ!」


 目にも留まらぬ速さでリッチに接近したカレンは己の全ての力をかけ、リッチの障壁バリアを斬りつける。

 ギギギギッ! という甲高い音が鳴り、カレンの剣が障壁バリアに食い込んでいく。それを見たリッチは「ほう」と感心したような声を出す。


「大したものだ。待っていた甲斐があったというものだ」

「なんの……話だ……」


 カレンは必死に障壁バリアに剣を押し込みながら尋ねる。

 少しでも気を逸らし、障壁バリアを破る時間を稼ぐつもりで放った言葉だが、リッチはその問いに驚きの答えを返す。


「気づいてないのか? 魔族はダンジョンに生まれない、私はこのダンジョンで生まれてないのだよ」

「なんだって……!?」


 ダンジョンで生まれるモンスターは、一般的に知性を持たない。

 スケルトンやゾンビが生まれることはあるが、それらはみな人間を模倣・・して作られただけであり、人間のような知性を持たないのだ。


 つまり目の前のリッチは、ダンジョンで生まれたのではなくダンジョンのからやって来たのだ。


「ダンジョンはいい。待っていれば貴様のような良質な餌が向こうからやってくるからな」


 リッチはカレンを見ながら口の端からよだれを垂らす。


「ここのダンジョンのモンスターを作る機能を利用し強めのモンスターを作り食していたが、ダンジョン産のモンスターはそれほど美味くない。やはり食うなら外の生物、その中でも強い冒険者は格別だ」

「その為に罠を張っていた……ということか」

「その通り。まさかあんな『化け物』を連れてこられるとは思わなかったけどな。念のため罠を用意しておいて正解だった」


 その言葉にカレンはピクリと反応する。

 リッチはその反応を見逃さなかった。


「くく、罠にかかった奴が心配か? そいつを送り込んだ『闇の牢獄』は絶対に抜け出すことのできない異空間・・・だ。リッチになってからの二百年で得た知識と経験を全て組み込んだ私の最高傑作、貴様ら人間にどうこうできる魔法ではないのだよ!」


 リッチは手から黒い波動を放つ。

 必死に踏みとどまろうとするカレンだが、既にかなり消耗している彼女は枯れ葉のように吹き飛び、地面を転がる。


「が……っ!!」


 内蔵がひっくり返るような痛みに、彼女は呻く。

 視界の端がチカチカと光り、意識が遠のく。しかしそれでも彼女は足に力を入れ、立ち上がる。


 既に立つことすらできない状態になっていたマーカスは、そんな彼女を見て驚愕する。


「カレン……」


 彼女の体力が限界を迎えていることは誰の目に見ても明らかだ。

 普段の彼女であればもう諦めていただろう。しかし『彼』のためにも負けを認めることは出来なかった。


「彼を……返せ……」

「はは! あいつはもう戻ってこないんだよ! 私の作り上げた牢獄は完璧、たとえ何百年かかっても絶対に抜け出すことなど不可能だ!」


 そうリッチが高笑いした瞬間、空間にピシとヒビが入る。


「……へ?」


 間の抜けた声を出すリッチ。

 その間にもそのヒビはどんどん広がっていき、最終的にパリン! と空間に穴が空いてしまう。


 そこにいる三人があっけにとられてその穴を見ていると、そこから「よいしょ」とウィルが姿を表す。そして服をパンパンと払うと穴を閉じる。


「ふう……ん?」


 一息ついた彼は、自分が注目を浴びてることに気がつく。

 状況を理解できていない彼は首を傾げた。


「あれ、何かまずいことしちゃいましたか?」

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