第8話 罠

「ここは……」


 遺跡の中は広い空間になっていた。

 そして一番奥には宝箱が一つ。あれがこのダンジョンのお宝で間違いなさそうだ。


 あれを取るとこのダンジョンは崩れていくらしい。とは言っても急に崩れたりはしないから、脱出する時間は普通にあるという。


 ダンジョンが生き物なら逃がすのはおかしいとも思うけど、お宝をとっても脱出できないと知られたら人間が訪れなくなってしまうからわざと逃しているんだと思う。

 もしこの考えが本当ならダンジョンはかなり狡猾だね。


「この瞬間のために冒険者をやってんだよな。開けるぜ」


 先に入ったマーカスさんが宝箱に手をかける。

 僕はその瞬間、何か嫌な予感を覚えた。前に感じたことのある、嫌な魔力。それに似たものをかすかながら感じたんだ。


「マーカスさん、待っ……」

「ん?」


 急いで止めようとするけど、マーカスさんは宝箱を開けてしまう。

 するとその瞬間、遺跡の床全体に巨大な魔法陣が現れる。


「な、なんだこりゃ!?」


 マーカスさんの表情に焦りが浮かぶ。どうやらこれはよくあることじゃないみたいだ。

 一体何が起きているんだ!?


「この魔法陣は……」


 僕は遺跡の中に隠されていた魔法陣をよく観察する。

 魔法陣の形と書かれた言葉には法則性があって、それを読み解けばどんな効果なのかを知ることが出来る。


 その魔法陣には複数の効果が含まれているみたいだ。

 足止めの効果と、これは……転移の魔法?


「ウィル殿っ!」


 声の方を見たらカレンさんが僕の方に走って、手を伸ばしてくる。

 反射的にその手を掴もうと手を伸ばすけど、その瞬間僕の視界は黒に染まり――――気がつけば、闇が支配する真っ暗な空間に閉じ込められていた。



◇ ◇ ◇



「ウィル殿っ!」


 突然発動した魔法陣。

 すぐにこれが何者かの罠だと看破したカレンは、すぐさまウィルのもとに駆けた。近づいたところで助けられる保証はない。しかしそうせずにはいられなかったのだ。


 カレンの行動は素早かった、しかし彼女の手はウィルを掴むことなく、空を切る。

 なんとウィルはその場からシュン! と消えてしまったのだ。


「な……!?」


 しんと静まり返った遺跡の中に、カレンとマーカスのみが残される。

 カレンは首を振って辺りを見回すが、ウィルの影も形も見つからない。カレンの顔に焦りが浮かぶ。


「そ、そんな、いったいどこに」

「落ち着けカレン! 焦っても状況はよくならねえぞ!」


 ベテラン冒険者であるマーカスがカレンをそう叱責するが、彼女は平静を取り戻すことが出来なかった。

 消えたのが同業者であればまだ冷静でいれた。しかし相手は一般市民、自分が巻き込んだ相手だ。これでは恩を返すどころの話ではない。

 重い罪悪感が彼女の胸にのしかかる。


「くそ、こりゃしばらく使いもんにならねえな……」


 ただ一人冷静なマーカスは一旦カレンから目を離し、辺りを見渡す。

 まずは現状を把握しなければならない。いったい何が起きたのか、ウィルはどこにいったのか。その手がかりを見つけようとすると、開けようとした宝箱の近くに黒いモヤが出現する。


「なんだありゃあ……」


 そのモヤは一箇所に固まり、次第に人の形へと変化していく。

 いや、正確には人ではなく、人の骸骨と言った方が正しいか。黒いローブに身を包んだその骸骨の目には赤い光が灯っていて、妖しく揺らめいている。


 その恐ろしい姿を見たマーカスは、苦々しげに顔を歪める。


「リッチか……嫌な相手だぜ」


 生者を憎む恐ろしい種族、生ける屍アンデッド

 リッチはその中でも高い戦闘能力を持ち、魔法も使うことが出来る。


 ゾンビやスケルトンよりもずっと厄介な相手なのだ。


「お前がウィル坊をどこかに飛ばしたのか?」

「……あの魔法使いのことか? ああそうとも、魔力が高く厄介そうだったので消えてもらった」


 低く恐ろしい声で言いながら、リッチは笑う。

 その振る舞いには高い知性を感じる。


「貴様っ! ウィル殿をどこにやった!」


 リッチの言葉を聞いたカレンは、ものすごい剣幕でそう言う。


「クク、まだ死んではいないだろう。だがそれも時間の問題。奴は決して抜け出すいことの出来ない『闇の牢獄』に閉じ込めた。あの空間では心の弱い者はものの数分で発狂する。長くは持たないだろうな」

「貴様……殺すっ!」


 激怒したカレンは剣を抜き放ち、リッチに襲いかかる。

 それを見たマーカスは「おい、落ち着け!」と叫びながらその後を追うのだった。

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