第25話 コンプレックス

 ユリウス兄さんは僕とリガルドの間に割って入り、僕たちを仲裁する。


「この場は私の顔を立ててもらう。異存はあるか?」

「……いいえ、ありません」

「かしこまりました、殿下」


 僕たちはおとなしく引く。

 アレックスにもう一泡吹かせたい気持ちはあったけど、ユリウス兄さんが来てくれたなら状況はこれ以上悪くならないと思う。


 騎士のリガルドもユリウス兄さんに楯突くような愚かな真似はしないはずだ。

 だけど一人だけ、それに納得できない人がいた。


「お待ちください兄上! あいつにはここで灸を据えておくべきなのです! 勘当された身ながら浅ましくも城に戻り、父上に取り入ろうとする奴を止められるのはこのアレックスを置いて他にいません!」


 アレックスは兄さんにそう取り入ろうとする。

 だけどもちろんそんな無茶苦茶な論はユリウス兄さんには通じない。


「黙れアレックス、お前の軽い言葉が誰にでも通じると思うなよ。この事は父上の耳にも入れておく」

「な……っ!?」


 アレックスの顔が更に青くなる。

 皇帝である父の厳しさを、息子である僕たちはよく知っている。


「これはもう子どもの喧嘩というレベルではない。相応の覚悟はしておいた方がいい」

「で、ですが! もとはといえばこいつが……」

「どうせお前から手を出したんだろう。昔からお前はウィルバートにコンプレックスを持っていたからな」

「な……! なぜあんな愚弟にコンプレックスを持たなければいけないんですか!?」


 アレックスは怒ったようにユリウス兄さんに詰め寄る。

 僕にはよく突っかかってくるアレックスだけど、ユリウス兄さんにあんな態度を取るのは珍しい。


「お前が魔法に強い憧れを持っているのは知っている。だけどお前にはその才能がなかった。それを持ちながらもひけらかさないウィルバートのことが妬ましいんだろ?」

「な……ちが……っ!」


 うろたえるアレックス。

 ユリウス兄さんの言っていることは図星みたいだ。まさかそんな風に思っていたなんて知らなかった……。


「別に嫉妬するなとは言わない、。しかし……私のかわいい弟に手を出し、この城の治安を乱した責は取ってもらうぞアレックス」

「ぐ、う……っ!」


 悔しげに表情を歪ませるアレックス。

 何度か言い返そうと口を開くが、現状を打開する言葉を思いつかなかったのかその度に口を閉じる。やがてアレックスは最後に一回僕を睨みつけると、踵を返して逃げ出してしまう。

 騎士のリガルドも僕たちに一礼すると、その場を去る。


 二人の姿が見えなくなったのを確認したユリウス兄さんは「はあ」とため息を一つつくと僕の方を見る。

 さっきまでは険しい顔をしていたけど、今は昔と同じ優しい顔をしている。よかった、兄さんは兄さんのままだったんだ。


「大丈夫かいウィルバート」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます兄さん」


 兄さんが来なかったら流血沙汰になっていたかもしれない。

 感謝してもしきれないや。


「ひとまずここを一旦去るとしよう。私の耳に入ったのも、メイドの一人が報告してくれたからだからね。ここにいたら人がもっと集まってくるかもしれない」

「分かりました」


 僕とルナはひとまずこの場を去り、ユリウス兄さんの自室に行くのだった。

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