第8話 支部長マグノリア

「お、おじゃまします……」


 支部長室には立派な机が置かれていて、その上にはたくさんの本や資料が積まれていた。

 そしてそこには立派な白いひげをたくわえた人が座っていた。丸眼鏡をかけたおじいさんだ。穏やかで知的な印象を僕は覚えた。


「支部長、お話した方をお連れしました」

「……ほう、その子が」


 支部長さんは手にしていた本を机において、僕のことをジッと見る。

 うう、緊張する。


「初めまして少年。儂がここ魔術師ギルド帝都支部の代表、グレゴリー・マグノルドだ。よろしく頼むよ」

「あ、はい。ぼ、僕はウィルと申します。よろしくお願いします」


 緊張しながらも、僕はなんとか挨拶する。

 マグノルドさんは僕のことを更に観察し、口を開く。


「若いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。エマ君のことを疑う訳では無いが、彼は本当に凄腕の魔法使いなのかね?」

「はい、師匠は凄いんですよ! 大陸中探したって師匠以上の魔法使いはいません!」


 エマは胸を張って恐ろしいことを言う。

 そんなありもしないことを自信満々に言うのはやめてほしい。胸がキリキリと痛む。


 いたたまれなくなった僕は現実逃避するために部屋の隅に目を移す。

 そこには黒板があって、たくさんの文字や数式、図形が書かれていた。それを見た僕は思わず呟く。


「空間魔法術式……?」


 黒板には空間魔法に関することが書かれていた。

 自慢じゃないけど僕は空間魔法がそこそこ得意だ。だからそこに書かれているのが空間魔法に関するものだとすぐに分かった。


「……少年。それが空間魔法について書いてあると分かるのか?」


 マグノルドさんが神妙な面持ちで尋ねてくる。


「はい。これは空間魔法の中でも転移系の術式ですね。A地点とB地点を結ぶ時空通路ワームホール……でもこの術式じゃ不完全です。これじゃあ通路が安定しません」


 僕は黒板に近づいて、書き足す。

 基礎的な理論はあってる。式としては綺麗に完成されている。


 でも次元魔法には独特のゆらぎ・・・がある。次元魔法はそのゆらぎにどれだけ対応できるかが肝なんだ。


「入り口と出口の座標にゆらぎの介入を許さないほどの固定化が必要です。そして両座標を同位置だと誤認させる。こことここの式を変えればだいぶ実現に近づくと思います」


 ……と、そこで僕は自分が喋りすぎていたことに気がつく。

 魔法のことになるとついつい熱が入ってしまう。僕のよくない癖だ。


 反省しながら振り返ると、マグノルドさんは驚いたように顔を固まらせていた。隣りにいるエマはどや顔してるし、どうしたんだろう。


「……ありえぬ、空間魔法は魔法の中でも最先端のもの。それをここまで理解しているとは」

「ふふん。私の言ってたこと、信じてくれましたか?」


 マグノルドさんは胸を張るエマを無視して僕の近くに来て、僕のことを不思議そうに見つめる。


「魔法に関する深い知識と理解、それに理路整然とした語り口調。どこかで覚えがあるような……」


 マグノルドさんは首を傾げる。

 そういえば僕もこの術式に見覚えがあった。最近どこかで見たような……


 記憶を遡った僕はあることを思い出す。


「あ、もしかして支部長さんって『✟るしふぇる✟』さんですか?」


 そう尋ねた瞬間、マグノルドさんの表情が固まる。

 その額からはだらだらと汗が流れ落ちている。あれ、なにかまずいこと言っちゃったかな?

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