夢でも影でも現実でも

立花 ツカサ

夢でも影でも現実でも

 私は彼のことが好きなのかどうかわからない。

 でも、一緒に喋りたいと思ってしまう。

 これが、私の見せている夢だとしても・・・


 今日は最悪なことに、春休みなのに役員会の仕事で学校に出なければならない。

 前髪を整えて、制服のブラウスの上にグレーのパーカー、色白に見えるように少し色のついた日焼け止めを顔にも足にも塗ってみる。それぐらいしないと気分は上がらない。

 少し早く家を出てバスに乗り、図書館へ向かった。

 図書館の前にある最近できたパン屋さんでサンドイッチとメロンパンを買って図書館へ入る。初めて行ってみたのだが、おしゃれだしパンの種類が多くて楽しかった。

 事務室を無視して図書館へ入る。

 この図書館は小さくて、普通の図書館とは少し違う。

 普通の大きな図書館なら、空気のゆらめきなど感じることはない。だが、この図書館は春の風が本と本の間を通り抜けてくる風を感じることができる。それが心地よくて、何度も何度も来てしまう。

 一人用の読書席でカバンの中から勉強道具を出して春休みの宿題をする。

 11時から2時間ほど集中し、13時になってから急いでサンドイッチを外にある公園で食べ、学校に向かって歩く。

 案外と、この坂がきつくて足が痛かった。

 でも、なんだか気分はよくて楽しかった。

 学校に着くと、生徒のいない静かで軽い空気が気持ちよかった。

「こんちわー」

「おっ来た来た」

「お疲れ様〜」

「おっす」

 今日は5人だけでの活動だ。寂しいが仕方ない。

「ねえ、昨日制服で来るって言ってたじゃん。嘘つき。」

「いや、制服で来たけど着替えた。」

「なんだよ。」

 私だけ制服で、なんだか恥ずかしいではないか。

 同じ部活の志織くんにそう言ってみる。

 どうか、一回だけ折ったスカートに気づいてほしいと思っている。別に口に出さなくていい。でも、なんとなくいつもと違うのをわかって欲しかった。

「でっ今日は何やるの?」

「先生が後から来るって言ってたけど、各々の仕事を終わらせろだって。」

「なるほど。」

 生徒会長は、いつものようにタブレットの画面と目線を離さずに言った。

 自分の仕事は終わったので、まことちゃんと志織くんの作った文章の推敲を手伝う。

「ねえ、月ちゃーんこれどうしていいかわかんなーい。」

 まことちゃんが、どろーんと溶けるように私の方にタブレットを渡してくるので、文章を読む。ちょこちょこっと私が気になったところを指摘して書き直してもらう。

「ありがとー」

「いや、私もなんとなくだから。」

 二人で、そんなふうに話していると、隣から大きなため息が聞こえてくる。

「はぁ・・・」

「どうした?」

 完全にこれは文章作りに行き詰まっている。

「もうわからん。よろしく。」

「えー共有かけて。」

「OKです。」

 志織くんが困ったような子犬のような表情で私の方を見つめている。

「変えちゃっても大丈夫?」

「どうぞ、お好きに」

 おかしなことになっている。理由は〜と続いているのに「から」とか「ため」とかなしで「ます」で文章が終わっている。どうしても、笑いが抑えられなかった。

「これさ、理由は〜って始まってるのにますで終わるってどゆこと?」

「えー知らん」

 呆れるが、文章を見ていれば分かる。これはめちゃくちゃ考えている。そして悩みに悩んでいる。

「でも、頑張ってるじゃん。あと、めっちゃ悩んでるね。」

「でしょー」

 こんな会話が、楽しくて幸せだった。

 こいつのことを私はわかっているんだと、自分に信じ込ませているような物だったが・・・


「そろそろ終わるか。」

「明日やることだけ書いとくね。」

 黒板に、2つくらいやることを書いておく。

 全員で階段を降り、帰る。

 私の学校のまえには分かれ道がある。右と左だ。

「まことちゃん右だよね。」

「うん。」

「じゃあ帰ろ。」

「多分志織くんも一緒だと思うけど。」

 そう言って前を見ると少し小走りで帰って行く志織くんが見えた。

 実は、こっちの道を帰れば志織くんと一緒に帰ることができるのではないかと思っていたのだ。でも、先に帰ってしまった。

「行こ。」

 二人で最近好きなアイドルの話をしながら帰った。

「じゃあ、私はここで。」

「バイバイ。」

 坂の途中で階段を降りて、図書館へと向かう道を進む。

 はぁ、失敗やん。3人で帰ろうとでも言えばよかったな。と後から思っても遅いことを考える。


 信号は青信号、でも点滅してきてしまった。諦めよう。

 目の前のコンビニには楽しそうに談笑している陸上部の顔見知りの3人がいた。気まずい。

 キキーッ

「あっ」

 自転車と聞き慣れた声が聞こえて後ろを振り向くとそこには見知った顔があった。

「志織くん、帰ったんじゃないの?」

 咄嗟のことだったが、聞いてみると。

「自転車の鍵、制服のポケットに入れたまんまで、下の駐輪場で時間かかった。」

「なるほどね。」

 信号は青

 まるで、そこにいる3人に見せつけるかのように志織くんの隣を歩いてしまった。

 隣で話しながら、あと100mもない道を歩く。

 周りの人から見たら、私と志織くんは付き合っているように見えてくれるだろうか。

 それとも、ただの友達だとわかってしまうのだろうか。

 少しだけ歩幅を小さくゆっくり歩く。でも、志織くんはそれに合わせてくれる。

「これから、また勉強?」

「うん。バスが来るまでね。でも、だるいわ。」

「分かる。てか、図書館って息詰まるくない?」

「まあ、ちょっとだけ。それに、知り合いとかいないし。寂しいわ」

 図書館まであと約30mだけでも、一緒に行こうと言ってくれないかと、少しだけ期待をした。でも、もう別れ道に来てしまった。

「じゃあね。」

「さよなら。」

 志織くんはゆっくりと、自転車を漕いで家へ一直線に行ってしまった。

 図書館でぼーっとしながら時間が過ぎるのを待ち、バスに乗る。

 運賃は200円

 こんなちっぽけなことだけのために、私はケチなのに200円を払った。

 自嘲して笑みが溢れた。

 悔しくて悲しくて涙が溢れた。

 幸い、この街は過疎化している。

 バスの中には運転手のおじさんと私しかいなかった。


 家まで帰る田んぼに囲まれた道で、私は自分の影を見つめた。

 こんな風に、もっと背が高くて足が細くて綺麗な私に現実でもなれたらなんてくだらないことを考える。

 影の自分が昔から好きだった。

 自分のこの悪い歯並びも、掻きむしった傷跡もすべてが見えなかった。

 綺麗だった。


 彼には、影の自分くらい綺麗な人だったら好きになってもらえたかもしれない。

 彼の好みは、髪が長くて可愛らしいおとなしい子だそうだが、これぐらい綺麗なら髪が短くても少しくらいおしゃべりでも好きになってもらえたんじゃないかと考えてしまう。


 私はそれでも、彼に振り向いてほしいから影で写る部分以外も努力してしまう。

 馬鹿馬鹿しいけれど、自己満だけど、気づいて欲しい。

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夢でも影でも現実でも 立花 ツカサ @tatibana_tukasa

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