八月三九六日

お望月うさぎ

夢見る異世界紀

 ある日の朝、いつもの部屋、いつもの席で、君は相槌を打つ。

「夢を見たんだ」

「夢」

「うん。整合性なんて取れてないし、何となくの意味の繋がりしかないんだ。だから、場面場面に全然滑らかさがなくってさ。そのくせ、夢らしい都合のいいことは起こらない」

「楽しい夢じゃないんだ」

「そうそう。ほんの少しだけリアリティーを感じることもあるんだけど、全て生臭い人間にしか変換されない。自分の記憶を元にしてるんだろうがから、当然って言えば当然なんだけど」

 話すうちに何となくイメージが掴めたのか、君の目が右上の方を見始める。これは君が頭の中で想像を膨らませている証拠であることを、僕は知っている。そうしたら僕は少し黙る。

 君が整理出来たのか、こちらを向き直す。それを見て、僕は話を再開する。

「初めてじゃなくてさ、結構見るんだよ。例えば、意中の人に思いを伝えようとした矢先に仮想世界であることを知り、失敗扱いをされて崩れてしまう夢だったりとか。

 例えば、大きなそら豆を消耗しないと毒が回ってしまう終わりを迎える世界だとか。

 例えば、大切な人を救うために騙され続け、最後には自分自身が殺したことに気付くループだとか」

 楽しそうだった君の顔が、すこし訝しげになった。

「なにかの小説の話でもしてる? 夢じゃなくて、小説を読んだ感想を聞かされてるみたい」

「確かに。話すために概要を整えてるからそう聞こえるかも」

「ふんふん」

「そうそう。やけに鮮明で記憶に残る癖に、詳しく話すのは難しい夢」

「うん」

「そんな夢を見る度に思うことがあるんだ。この夢は、どこかで見たことがある。分かりやすくいうと、元ネタが分かってしまうんだ。あの作品とあの作品が組み合わさって出来ているな。この人はこのキャラクターの役割なんだな、っていう風に」

 僕は手を振りながら説明する。頭の中にある棚を整理するように腕を動かす。

「僕はその夢を元に物語を書いていて、賞に投稿したこともある。奨励賞が頭打ちだったけれど、それでも自分の想像を形にするのは楽しかった。気持ちよかった。でもそれをする度に元ネタが邪魔をする。この部分はこの作品に似てる気がする。全く意識してないのに、勝手に似ていく。自分の想像力の限界を見たみたいで、嫌いになりそうになる。その度にオリジナリティーを探して、洒落た言い回しを考えて筆を止める。その結果締切ギリギリになって諦めるんだ」

 僕は息を整える。フラッシュバックを起こして嫌な気分も蘇った。君はこちらの顔を見上げながら、右の風景を見ている。何を考えているんだろうか。話が止まったことに反応してもう一度こちらを見直したのを見て、続きを話す。

「何が面白いって、そうして自分の中で考えた結果一つ結論を出す度に、それと同じようなことを言う作品に出会うんだ。お前はオリジナルじゃない。唯一無二じゃないって言われるんだよ。だから僕は言葉を考えるようになったんだけれど、最後まで分からなかったのさ」

「模倣から脱却する方法が」

「じゃあ、今回は何を見たの?」

「ああ、随分話が逸れてしまったね。そうだな、今回は」

「うさぎを見たんだ」

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