クラスで一人浮いてるギャルと電車で遭遇したら、意外と良い子だった件

サンダーさん

第1話

西浦にしうら冴恵さえはパパ活をしている』


 こんな噂が俺のクラスではまことしやかに囁かれている。

 噂の出所は分からない。二年のクラス替えが落ち着いた辺りから周りが口にしているのを何度か耳にしただけだ。

 西浦冴恵は俺のクラスの女子生徒だ。

 『そんな事する訳ないだろう』と誰かが言い出せばいいんだろうけど、西浦を擁護する者は誰もいなかった。

 何故ならば、西浦の見た目は紛れもない筋金入りのギャル系だから。

 おまけに、そんじょそこらのギャルとは比較にならない程によく目立つ銀色の髪をしている。

 背中を覆う程に長い白銀色はまるでファンタジーの世界からやって来たようだ。

 スカートは短く、普段の立ち振る舞いはどこか他人を寄せ付けない印象を放っている。

 お手上げなのか彼女の髪を注意する教師もいない。

 完全不干渉。西浦の周囲には見えない壁があって、教室の異物として存在しているようだった。

 毎朝、教室に足を踏み入れると窓辺で一人座る西浦の銀髪が視界に入る。

 西浦が他の生徒と話している姿はあまり見た事は無く、いつも窓際で一人静かに座って外を眺めている。

 友達が少ないと必然的に口数も少なくなってクラスで浮く。そういう生徒はどのクラスにも一人や二人いるけど、まさにそのポジションにいるのが西浦だった。


 ふと、こう思う。

 西浦自身は噂の事をどう思っているのだろう、と。

 そもそも、彼女はクラス内で交わされているこの噂を知っているのだろうか。

 西浦には特別親しい友人はいないように思える。会話もせず、クラス内の情報が回って来なければ、自分がどう思われているかなんて想像でしか分からないんじゃないか。

 それとも、全く気にしていないという可能性もある。

 髪を銀色に染めるようなギャルが他人の噂などに影響されるだろうか。

 俺が彼女についての『噂』を初めて知ったのは友人からの又聞きからだった。

 あの見た目だけど、西浦が学校内で問題行動を起こしたという話は聞かない。

 あまりにも興奮気味に言う友人を、俺は人を見た目で判断するなと注意した。

 けれど、それを聞いたそいつは『その見た目だから学校では逆に大人しくしているのかもしれない』と豪語し、騙されんなよと釘を刺されてしまったのだ。







「はあ」

 帰りの電車に揺られながら、これまでの事を思い返した俺はため息をついた。

 気まずいなあと思いながら、何気なくスマホをいじる。

 対面のシートに座っているのは他でもない西浦冴恵だった。

 見ないように床だけを見ていても銀髪ギャルの存在感は凄まじい。視界に勝手に映り込んでくる。

 おまけに、スカートの丈が短すぎて、正面からだといろいろ見えそうで心臓に悪い。


 まさか、同じ路線だったなんて。


 彼女と電車で遭遇するのは入学してから一年半で初めての事だった。

 音楽でも聞いているのだろうか。揺れる車両と聞いている音楽に合わせるように首を動かす西浦。

 俺は意識している事が彼女にバレないように必死に耐える。

 幸いな事に電車にはまだ空席が残されている。

 いっそ別の席に移るのも手かもしれない


 ――いや、待て。


 ぼんやりとした眼差しを中空に向けた西浦を見ながら、俺は自問する。

 この空いた車内で席を移動したら不自然だ。逆に西浦に違和感を与えてしまうかもしれない。

 結局何も動けないまま、俺は西浦の対面に座り続けた。

 ターミナル駅に停まり、ドアが開くと同時に大量の乗客が車内になだれ込んでくる。

 空席は全て埋まり、別の場所に移るという俺の選択肢もその瞬間に消え去る。

 もうこれは腹をくくるしかない。極力気にしないように降りる駅まで我慢だ。

 そうやって下を向き続けていたら、


「あ、どうぞ」

 発車してまもなく、可愛らしい声がくっきりと聞こえた。

 見上げた先では、西浦が杖をついたおばあさんに席を譲っている所だった。

 予想もしなかった光景に思わず見入っていたら俺に気づいた西浦と目が合う。


「……」

 咄嗟に視線を外す。西浦は銀髪を揺らしながら不思議そうな顔をしていたが、特に気にする風でも無く、俺の座る席の方へと歩いてくる。


 嘘だろ。


 そして、あろうことか目の前のつり革を掴んだ。

 俯いていても西浦の白い足がはっきりと目に入る。こうなると、俺はもうパニック状態だ。

 西浦は俺の方を見る訳でもなく、その背後にある車窓を見ているようだった。俺の事なんて眼中にないっていうような顔。

 あと数駅で俺の最寄り駅。それまでの辛抱だと思い下を向き続けた。

 ていうか、西浦はどこで降りるんだろう。ギャルだし、若者の街で放課後を遊びつくすんだろうか。

 そんな事を考えていたら電車は次の駅に停車する。

 もしかしたら、彼女もここで降りるんだろうか。ドアが開き多数の乗客が降りていく中、動き出した西浦を目で追った。

 しかし、彼女は降りるどころか丁度空いた俺の隣に座ったのだ。


「……」

 思わず身体を縮こませて肩が触れないようにする。しかし、西浦は何も気にしない。空いたスペースに身体を預け、俺の肩に肩を当ててくる。他人の事なんて全く気にしてない風だけど、俺は気になる。

 柔らかな腕の感触と温かさ。誰か助けてくれ。

 どこかの砂漠のフクロウみたいに身体を縮こませようとするが、人体の構造上これ以上は無理だった。


「ん……」

 西浦がおもむろにワイヤレスイヤホンを外す。耳にかかった髪を掻き分けた先で、大きなピアスがきらりと光る。やべえ、まごうことなきギャルだ。


「ねえ」

 耳元で舌ったらずな声がした。西浦が話しかけてきたのだと理解するまで時間がかかった。


「君って、同じクラスの朱藤(しゅとう)くんだよね?」

「そうだけど」

 いけない。不愛想に答えてしまった。

 しかし、西浦はそれを聞いて何故か口許で笑みを作る。


「どこで降りるの?」

「あと四つ先だけど……」

「へえ。私はその一個前なんだよね」

 気だるげな口調で背後の窓ガラスに頭を預ける。こちらを見る流し目にどきっとした。

 俺は今、教室では孤高のギャルに話かけられていた。

 もしかしたら、あまりにもキョドりすぎたせいで、逆に注意を引いてしまったのかもしれない。


「ん? どうかした?」

 小首を傾げると銀髪がはらりと肩にかかる。

 黙っているのもそれはそれで気まずい。意を決し、俺は恐る恐る口を開く。


「西浦さん。さっき、席譲ってたよね」

「あー。やっぱ見られてたか」

 恥ずかしそうに髪を触ると、さっき一瞬だけ見えたピアスらしき物がはっきりと姿を覗かせる。

 でっかい白い星が耳たぶの下で揺れていた。ひええ。ピアスとかバレたら即停学ものなのによくやるよ。

 でも、そのギャルがお婆ちゃんに席を譲っていたのだ。他にも乗客はいたのに、席を譲ったのは彼女だけだったんだよな。


「たくさん人がいるのに自分から席を譲るなんて、そうそう出来ないから」

 少なくとも、俺なら多分知らない振りをしてしまう。


「そう?」

「うん。だから、ちゃんとしてる人なんだなって思った」

「あはは、なにそれウケる」

 初めて西浦の笑顔を見た気がした。


「じゃあ、今まではどーゆー目で見てたの?」

「いや、その……」

 ぐっと近づいて来る西浦に何故か俺の頬まで熱くなる。

 にらめっこみたいな状況は、俺から目を逸らす事で終わりを告げる。


「ん?」

 興味深そうな西浦の表情。尚も問い詰めるつもりなのか。

 教室での不愛想っぷりからは想像もつかない。こうもぐいぐい距離を詰めてくるなんて。


「君に私はどう映っていたのかなあって」

 からかうような言い方だけど、それが逆に会話の糸口を与える。


「怒んない?」

「うんうん」

 西浦はこくりと頷いた。


「こういうのもなんだけど、西浦さんってギャルっぽいから。その……意外だと思った」

『ぽい』どころかバリバリのギャルだけどな。

 心の中でツッコミを入れる俺だけど、口に出すとマイルドになってしまう。


「まあ、この見た目だしねー」

「だってその髪の色。先生に言われたりしないの?」

「それ、いきなり聞くんだ?」

 西浦はさほど気にしていないのか飄々と返してくる。

 さっきよりも更に一段階くだけた言い方になる辺り、やっぱり見た目通りのギャルなんだなと思う。


「いいよいいよ。気にしてないから」 

 猛省する俺に気づいたのか、西浦は優しい言葉をかけながら笑った。



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