本棚の片すみに止まったてんとう虫の詩
宮条 優樹
序文
序文「桜に寄せて」
毎年、春に桜は咲く。
淡く淡く、空に香りを薫き染めるかのように華やかに。
やがて、風が吹き、散る。
根元に花弁ははらはらと積もる。
消えるためでなく、土へと還り、そしてまた花を咲かせるために。
私の想いもまるで桜と同じように、望みもしないのに心の四季を巡っている。
あの人に出会い、淡い思いが花開いた。
その鮮やかさに戸惑い、苦しみ、散らせたけれど、心の庭に想いが積もり残った。
散っては積もる想いにまた苦しんだ。
あの人と会わない時間が過ぎ、庭はきれいに掃き清められた。
想いは消え、私は自分自身を精算できたと思った。
しかし、それは間違いだった。
想いは土に還って、春の陽気に誘われて、私の気のゆるみをついて、
思いがけずまた花を咲かせた。
満開に。
時の巡るのを止められないように、私はこの想いを止められない。
心の闇から想いが出ずる。
闇色のこの邪な感情は私を苦しめ、痛めつけ、傷つける。
私の心の庭には、闇色の桜が咲く。
焼けつくような痛みは、焦らされる苦悩は、
私を身じろぎもできぬほどがんじがらめにしてしまう。
恋愛は殺人鬼よりも人を傷つけると言ったのは誰だったか。
殺人鬼は常に自分自身だ。自分の闇より生じた想いに、自分が傷つけられ果てる。
まるで、自慰行為のあげく心の臓を握りつぶしてしまうように。
哀れだと、あまりにも哀れだと、
自分に向かってささやくのだというこの空虚な
美しいもの、優しいもの、暖かなもの、
それらに触れたとき、なぜ人は哀しみ、涙を流すのだろう。
私はずっと、涙はつらいときに流すものだと思っていた。
悲しいとき、苦しいとき、人は涙を流し自らを慰めるのだと。
私の中には、自分のものではない暗く冷たい、ドロドロとした闇がわだかまり、
それが救いを求めて震え、涙によってそれを外に合図するのだと。
私にとってよいものとは、あの少女たちに他ならない。
少女たちは、明るく優しく無邪気で、彼女たちは常に私を慰める。
あの少女たちにとって、私は学舎の先輩であり、共に暮らす友であり、
必要とされるならば家族にも、恋人とも同じ存在である。
少女たちのあの子供らしさは、私を前述のように必要とする。
しかし、少女たちの無意識の母性は、常に私にとって必要なものだった。
それは、普段の愛らしい無邪気な幼さに隠れているが、
時に鋭い感性をもって私を暖かく包む。
そして、隠れているが故に私は、
彼女たちの母性に身をゆだねることができるのだった。
少女たちは遊戯として、時に慰めを求めて私に寄りそう。
彼は決して私から去ったわけではない。
元より私の所有ではなかったのだから。
彼は決して私を裏切ったのではない。
二人の間には、何の約定も結ばれていないのだから。
全てははじめから、私の独りよがりであり、大いなる思い違いであり、
見果てぬ夢の影を現と見違えていたのだった。
ただそれだけなのだ。
あの人は私の心を知らない。
あの人にとって私は、今まで出会った他のものと変わらない。
あの人は決して傷つかない。
私の存在に色はつかないのだから。
――桜に寄せて。
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