オアシス短編集

左原伊純

一度くらいはこんなクリスマスも

 クリスマスイブは二人でディナーを食べた後、ゆっくり過ごすはずだった。


 由紀は体の火照りを冷まそうと毛布をめくった。肌の表面にこもりすぎた熱を空気に晒す。あっという間に肌の表面どころか体の芯が冷え始めて、気持ち悪い寒気に襲われた。体の表面が熱く内側が寒く、震えながら毛布を握り締める。


「大丈夫?」

 良太が作ってくれた卵がゆを食べられるか、自信がなくて申し訳ない。玉子の淡い黄色の優しさが、控えめな良太と似ていると不思議な感想が浮かんだ。良太が作ってくれた。一口だけでも挑戦したい。気が効く良太が持ってきてくれた木のスプーンは、お粥の熱を帯びないので食べやすい。玉子の甘さを優しく引き締める塩味のおかげでさらりと食べられる。一口どころかたくさん食べてしまった。


 良太が嬉しそうに空の茶碗を見つめていると気付いた。

「いつもは由紀ちゃんにやってもらっているから」

 良太は体が弱く、季節ごとに一度くらい寝込んでしまう。一緒に暮らす由紀が看病しているが、良太は時折申し訳なさそうな顔をしていた。由紀は良太の体が弱いことを知った上で付き合った。それから四年。良太の看病は私の役割だと由紀は思っていたし、別に嫌ではなかった。だから気にしないでと今まで良太に何度か言っていたけど、良太はやはり気にしていたのだろう。

「具合悪い由紀ちゃんには申し訳ないけど、普段のお返しができて良かったって、つい思ったよ」


 良太の気持ちは由紀にも分かった。こうして看病してもらうのはありがたいけど、頼ってばかりだという切なさもある。気にしないでと言われても気にしてしまうだろう。


「私も看病される側になって分かったことがあるよ」

 じっと見つめる良太の瞳は悲しそうでもあり、安堵しているようでもあった。

「看病してくれて嬉しいよ」

 良太がどのように思っているか分からない。色々な思いを抱えているはずだ。だけど少しだけでも、明るい感情を伝えたかったのだ。


「俺も。看病できて嬉しい」

 良太が少し慌てた。

「由紀ちゃんが具合悪くなるのはもちろん嫌だよ。そういう意味では無くて」

「大丈夫。分かってるよ」

 良太が嬉しいなら由紀も嬉しい。

「私も良太の看病出来て嬉しいんだよ?」

「本当に?」

「そうだよ。良太を助けるのは嬉しいから」

 良太の表情が柔らかくなったので、今までの事もこれからの事も大丈夫だと伝わったのかもしれない。


 暖房をかけっぱなしなので換気しようと良太が窓を開けた。温く沈殿した室内の空気に外の風が一気に混ざる。寒さだけでなく、冬の空気の清らかさも入ってきた。冬の空気に含まれている小さな嬉しさのような物に触れて、今日はクリスマスイブで本当は楽しく過ごすはずだったのにとため息が零れた。


「雪だよ」

 良太の手のひらで雪の結晶が溶けた。一瞬で冷たくなった彼の手が由紀の額を冷やしてくれた。

 うつるといけないから良太にソファで寝て欲しいと頼んだが、良太は由紀と一緒にベッドで寝ると譲らなかった。


 熱い由紀の手を握る良太の手は、最初はひんやりしていたがそのうち温かくなった。風邪がうつったらどうしようかと思ったが、まあその時は私が看病すればいいかと由紀は思い、ベッドと良太に包まれて眠った。


 翌朝、驚くほど体が軽い。まだ少しぼんやりするが、由紀は平気で立ち上がれるようになった。

「大丈夫? うつってない?」

「先に俺を心配するの?」

 良太も元気そうで由紀は安心した。良太は笑いつつも不服そうだが、心配なものは心配なのだ。

 窓の外の雪を見て嬉しくなる。道路や木に均等な厚さの雪化粧が施されて綺麗だ。雪の特別感に触れたくて外に出たいが、さすがに無理だ。


 良太が玄関から出て行き、窓越しに由紀の前に来た。由紀は手を振る。良太が、雪玉を二つくっつけて小石を目にした雪だるまを掲げた。簡単に作ったものだけどとても可愛らしい。良太がこんこんと窓を叩いたので開けると、彼はとびきりの笑顔になった。

「メリークリスマス」

 サンタさんが子供にプレゼントを渡すみたいに小さな雪だるまを大切に由紀の両手に預けた。

「嬉しい」

 風邪のせいでクリスマスなのにどこにもいけなくて悲しかったが、良太のおかげで一度くらいはこんなクリスマスもいいと思えた。

 窓から見える位置に雪だるまを置いて欲しいと由紀が頼むと良太も嬉しそうにした。

 窓から庭に置いた先ほどの雪だるまを見ようとすると、二人の肩が触れ合う。キスしようとして風邪がうつるからやめようと、二人で笑った。

「来年のクリスマスは風邪ひかないからね」

「俺がひいたりしてね」

 ありえそうだとくすくす笑い、二人はクリスマスをゆっくり過ごした。

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