喫茶店のお姉さんと小さな常連さん
街を二分する河川の岸の通りには喫茶店が並ぶ。昔から市民に馴染みのある喫茶通りに、新たなお店ができた。
『スイマー』という、少しアンティークな雰囲気のお洒落な喫茶店だ。
表に載るのはほんの少しのメニューだけ。
お客さんが好みを伝えると、とても素早くぴったりのお茶が出される。物珍しさで話題になり、オープン直後はとても混雑した。
マスターの美しさも話題になった。
肩までの金髪を緩く二つに纏めている。制服のバーガンディのロングドレスとエプロンが良く似合う。
それでいて、若いのか年上なのか分からない雰囲気も、落ち着いたカフェに調和していた。
半年後。
お客さんがお店に入りきらないほどの一過性のブームが終わった。
喫茶『スイマー』は混みすぎず、順調にお客さんが来る穏やかな日々が続いている。
閉店後。
マスターのジョゼは、氷たっぷりのハーブ水をお気に入りのグラスに注いだ。
そして小さな常連さんの元へ歩み寄った。
「はい、どうぞ」
道場帰りの小学生の男の子にレモンの香り漂うグラスを渡す。グラスが手から手に渡る瞬間、氷がカランと音を立てた。
「ありがとうございます」
他の小学生より礼儀正しいが、ハーブ水をおいしそうに飲む姿はやはり子供で、ジョゼは思わずにっこりした。
「今日は帯の色が変わったよ」
「まあ。テルくんは強いのですね」
「全然。まだまだだもん」
ジョゼがハーブ水のお代わりを注ぐとやはりテルは嬉しそうにする。まずは稽古で渇いた喉を潤わせる。続いてジョゼは手作りのプリンを持ってきた。
昔ながらの硬めのプリンだ。スプーンを上から下まで通しても崩れない。カラメルの層を保ったまま綺麗にスプーンに乗る。しっかりした甘味となめらかな舌触りがよく合う。
テルに作るプリンはいつも少しずつ違う物にしているが、彼の好みを知るにつれて傾向が固まってきた。
今日のプリンもテル好みだったらしく機嫌良さそうに一気に食べ終えた。
「ジョゼさんありがとう!」
「いえいえ。また来てくださいね」
テルの親から既にまとめてお代を受け取っている。
テルは一礼すると元気に走って行く。行儀よさと本来の子供らしさが共存する姿が微笑ましい。
ジョゼは閉店後の最後のお客さんとのやり取りが大好きだった。
それなのに。
小学校の卒業式の帰りにテルが花束を後ろ手に持って喫茶店に来た。まだ営業時間だと告げたが、そのような事は分かっているという顔でテルは頷いた。
「お店の裏で待ってるから」
そのまま外に立ち続けていそうな様子だったので、ジョゼは慌てて裏口から小さな事務室にテルを入れた。
お店を閉めるまで、テルの存在が気になった。真面目な顔でじっとしていたのだ。何度か声をかけても変わらずに。
「お店終わりましたか」
「ええ」
「ジョゼさん」
ジョゼの正面に姿勢良く立ち、小さな花束をジョゼに掲げるように持つ。
「はい?」
テルは躊躇しなかった。
「好きです」
花束を渡されて勢いに飲まれ受け取ったが、ジョゼは混乱した。
「はい?」
「小学校を卒業したら伝えようとずっと思っていました」
テルの言葉を聞いてはいるが、気が逸れて花束のリボンが目に入った。
「これ、お店で買ったの?」
「はい!」
気付いてもらえて嬉しそうなテル。テルがお花屋さんで自らの小遣いで買ったのだと分かり、ジョゼは動揺した。
「年齢の差は問題だと思いますが、俺が大人になった時にジョゼさんがもし良ければお付き合いしてください」
「ええ……そんな……」
「困らせてすみません」
「いえ、大丈夫よ……」
大人である自分の方がおろおろしている事態に耐えかねたジョゼは、お茶を淹れてくるとテルにきっぱり言うと逃げるようにキッチンに入った。
「どうしましょう……」
パチンと指を鳴らしてキッチンに灯りを点けた。くるりと指を宙で回すと茶葉が降り注ぐ。茶葉自体は人間の社会から仕入れた物なので衛生は大丈夫。
水の入った瓶を指差して沸騰させる。あっという間に紅茶の完成。
キッチンから一歩出ると自力でトレーに乗せて手で持って運ぶ。
「どうしましょう」
歳の差なんて些細な事だ。
「テルくんは私が魔女だと知ってショックを受けないかしら」
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