第2話
時間外の朝の勤務ともあって、何度かあくびが出ると助手席に座るサラが笑っていた。
翔くんの家に到着して車から降り、サラを抱えてインターホンを鳴らした。
数分経っても音沙汰がないので、もう一度鳴らそうとしたその時、ベランダの窓ガラスが割れて何かが突き破って飛んできた。中にいる両親らしき人間の声がして、何かを言い合っている。
「あれって人間の夫婦喧嘩ってものね。」
「こんな朝から元気だな。よくあんな馬力があるものだね」
「呑気なこと言っていないで、見てきた方がいいわよ」
「危ないよ。……でも、行かないと気づいてくれないか。とりあえず見てみようか」
僕らは柵を越えて中から物が飛んでこないと気を張りながら、窓の隙間から両親に声をかけると父親が気づいてこちらに向かって窓を開けてきた。
「どちら様ですか?」
「あの、おはようございます。僕たち翔くんが入院する病院の看護士です」
「朝からどうされたんですか?」
「こちらから何度かお電話をかけているのですが、留守のようだったのでしばらく様子を見ていたんです。最近になって面会に来られていないようなので、今日お伺いしました」
「……そうですか。」
「あの、奥さまはご一緒で?」
「そうですけど……何かご用で?」
「あなた。ここじゃなんですから、玄関を開けますね。ちょっと待っていてください。」
母親が玄関先でなら話をしていいと告げて僕らは昨夜翔くんの出来事を伝えると、夫婦の問題だから首をいれてこないでほしいと返答していた。だが、翔くんも手術の日程が近いということもあり、できるだけ近日にでも病院に来てほしいと伝えた。
「わかりました。主人にも話しておきますから、今日はお引き取りください」
「あの、私からもお話があります」
「サラさん、何か?」
「翔くんご両親が来てくれないからとても寂しがっています。お二人で全てを決めてしまうと彼が辛い思いをする。だから、別れないでください」
「サラさん。これは私達の問題です。子どもは関係ないんです……」
「関係あります!私達大人が気づかないところで子どもはきちんと見ているんです。二人だけで解決するお話しじゃありません。よく考え直してから翔くんをどうするか決めてください!」
「サラさん!……すみません、出過ぎた真似をしてしまって。とにかく近いうちに面会に来てください。では、失礼します」
車で病院へ向かう途中、サラは膨れっ面をしながら僕を見ていた。もう少し説得してほしかったと言っていたが、家族間の事には細かく介入しない方がいいと返答し、車内は少し張り詰めた空気感になっていた。
「もっと男気のある方だと思っていたのにガッカリだわ」
「サラさん。あなたもあれはちょっと言い過ぎだよ。さっきの両親の会話は看護士長に伝えておかないとな。」
「もうちょっと強調してもよかったのに……」
「そういや話は変わりますが、僕の口から言う話じゃないけど……サラさん看護士の中に気になる方でもいるって聞きましたよ?」
「ええーっ?!いつの間に話が広がっていたんですかぁ?んもぅ、看護士長。仕事は抜群にこなすのに、それ以外はホントお喋りなんだからぁ……」
「片思いが長いって聞いています。そろそろ思いを伝えてもいいんじゃないですか?」
「そ、そうですね。よぉし今言うべき時が来たのね。」
「え?何ですって?」
「わ、私……
僕はその言葉に驚いて急ブレーキをかけると、サラはシートベルトから体がするりと外れて座席の足元のシートの下に転げ落ちた。
慌ててすぐにすくい上げると彼女は毛繕いをして体を整えた。
僕は開いた口が閉じずに唖然としてしまったが理由を聞いてみると、この三年の間に時々僕と夜勤が同じになると次第に心が惹かれていったようで、いつのタイミングで告白しようか悩んでいたらしい。
「一つ気になることがある」
「何?」
「どうして人間の僕を選んだの?同じリス同士や先生方だっているだろう……?」
「もちろんリス同士や他の動物にもいいなぁって思います。でも、皆元さんは人間の中でも思いやりが強くて患者さんにだってよく寄り添うように接する。その姿勢が素敵だなって憧れているんです。」
「実をいうと、僕はこういうことは人間しか考えたことしかないんだ。急に言われてもなぁ……ただ……」
「ただ?」
「僕のことを好きになってくれているのは嬉しいです。サラさんも思い切ったことをしましたね」
人間と動物の恋など掟としては許されるものではない。しかも、社内恋愛に発展すると余計に業務に支障が出てしまう。僕はサラさんの考えは悪くはないと思うが、周りの人や動物たちがなんて反応するのかがその意見がはっきり言って怖いところがある。
サラは父親がリス界隈では珍しい実業家という肩書きがあり、他の病院の役員とも親しくしている腕聞きのいい存在。彼女自身もとにかくひたむきで何をするのも真の努力家。皆もそれを知っているから、なおさら気を遣わないといけない。
ここで断ってしまうと傷をつけてしまうが、僕もやはり人間の中の人間。きちんとわきまえないとリス独自のあの
「サラさん」
「はい。」
「考える時間をください」
「ええ。急いではいないわ。私も急に発した事ですもの。返事は待ってますね」
僕たちは病院に到着し、スタッフステーションで日勤の看護士長に翔くんの自宅での様子を話すと、彼女も本日中に連絡しておくと言っていた。
三日後の夜勤の日、巡回の後にカルテを閲覧しているとデスクの上を影が覆ってきたので見上げると看護士たちが僕を囲んで凝視していた。何事かと問うとサラに告白されたことをいつの間にか皆に知れ渡っていて、一体どう返事をするのかと興味津々に目を輝かせていた。
小さくため息をついた僕は、果たして人間と動物が共有して暮らしていけるのか不安に感じていると告げると、なぜか皆は肩をおとしていた。
「そこだよ、皆元さんの弱点は。真面目にとらえなくてもいいんだよ」
「じゃあサラさんの気持ちはどうなります?気を落とされると仕事にだって影響してしまうし……」
「あのねぇ、彼女には直接伝えなくてもいいけど、人間同士がいいならいいとはっきり言うべきよ。気を遣わなくていい。それにあの子は看護士になってから、まだ三年目。あなたの方が先輩だからもっとしっかり指導してあげなきゃいけないわ。」
「士長。僕もくよくよしたくないです。ただ、純粋に好きだと言われた事はとても嬉しくて……」
「わからなくもないですよ。皆元さんも人がいいし、仕事以外にも頼れそうなところありますしね」
「……ますます居づらくなるなぁ。医療って広いけどこういう時は狭い世界。サラさん分かってくれるかな……?」
「それ以上弱気じゃ何もならない!男らしく言うべきことだけ言って、あとは仕事に励む!」
「皆さん次の巡回の時間が近いわ。それぞれ持ち場にいてください」
背中に何万トンの
僕は病室の廊下を歩いていると、ある一室に灯りが点いているのに気づいて中に入っていくと、小児がん患者の女少女がひざを抱えて起きているのを見て声をかけた。
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