第19話【ホムンクルスの美少年たち】

魔の森の大樹の前。


大樹の中腹に築かれたログハウスの窓から傀儡の魔女レディ・ショッターナが顔を覗かせていた。


椅子に腰かけているのか体は斜めに窓から下を眺めている。


その細くて綺麗な手にはワイングラスがあり、窓枠にはおつまみのナッツが盛られた皿が置かれていた。


まだ日が高い時間帯なのに飲酒とは優雅な生活だ。


その魔女の長い黒髪が微風に靡いている。


少し年増に見えるが美しい女性である。


そして、大樹の下には四人の美少年が並んでいた。


黒髪の美少年が一人だけ前に立ち、その向かいに三人の美少年が並んでいる。


黒髪、赤毛、銀髪、白髪。


四人が四人異なる髪の色。


だが、どれも艶のある鮮やかで綺麗な色だった。


相当手入れが行き届いている鮮やかさである。


彼らは全員がホムンクルスだ。


レディ・ショッターナの手によって作られた人工的な人間である。


科学的に言えば人造人間だが、彼らは魔法で作られた存在であった。


故に魔法生命体と述べたほうが正しいかも知れない。


身長は全員150センチ前後と矮躯で幼い少年の風貌。


しかし、それぞれの体型が僅かに違う。


正面に立つ黒髪の少年は一番身体を鍛えているのが分かった。


半袖から出た腕は一流アスリートを連想させるほどに筋肉が引き締まっている。


襟元から見える胸元も大胸筋がハッキリと確認できるし、細い首も筋肉で引き締まっていた。


イメージは細マッチョである。


手足のラインは細いが確実に鍛えられたマッスル。


それはまるでプロボクサーの筋肉のようだった。


そして背後で手を組む黒髪の美少年は肩幅程度に脚を開いて軍人のやうに凛々しく立っている。


黒髪の短髪に凛々しい角度に吊り上がった眉。


それらがプロスポーツマンに憧れる少年のような強いイメージを醸し出していた。


そのような黒髪の美少年の向かいに立つ三人の少年もまた美少年だった。


少し長めの赤毛を人差し指でクルクルと弄くってる美少年は華奢な体躯を女の子のようにモジモジさせながら立っている。


銀髪の美少年は長い髪を後頭部で縛りポニーテールに纏めているが、男らしい表情で生真面目にも背筋を伸ばして起立の姿勢を保っていた。


表情からして生真面目な性格が見て取れる。


白髪の美少年は前髪だけが長く片目を隠しているが、その下には柔らかい笑みを作っていた。


なんとも紳士的なえみである。


この三人は黒髪の美少年よりは身体を鍛えていないのが見て取れた。


それでも銀髪の美少年は他の二人よりは筋肉が発達しているようだった。


少しは鍛えているのだろう。


黒髪の美少年が気合いの入った声を張る。


「よーーし、それでは定例の実践方式の格闘訓練を開始するぞ!」


「「「ぉーー……」」」


ヤル気満々の黒髪少年の声とは異なり他の三人からは小さな声が帰って来た。


どうやらこの訓練にやる気を出しているのは黒髪の少年だけのようである。


それを示すように肩の高さでやる気なく銀髪ポニーの少年が手を上げた。


何やら質問があるようだ。


すぐさま黒髪の少年が銀髪の少年を指差して問うた。


「何かね、ギン?」


銀髪の少年は後頭部を撫でながら言った。


「この実践訓練って無駄じゃないでゴザルか?」


「無駄とは何故だ?」


「何故にとは、この四人の中で一番強いのはクロ殿でゴザル。我々三人ではクロ殿にタイマンで誰も敵わぬでゴザルよ」


クロとは黒髪の少年の名前だ。


「だから実践訓練なんて無駄でゴザル。なんで拙者たちが勝てない御仁と毎回毎回戦わにゃあならんのでゴザルか」


すると続いて赤毛の少年が述べた。


「そうだよ~。もう何ヵ月も定例の実践訓練をやっているけど、僕らがクロくんに勝てたことなんて一度もないじゃんか~……」


更に白髪の少年も言う。


「同感です。そもそも戦いに関してのキャリアが違いすぎます。これでは訓練ではなく拷問です」


「はぁ~……」


黒髪の少年は深い溜め息を吐いた後にうつ向きながら述べる。


「キャリアや知識量では、確かに俺のほうが上だ。そりゃあ俺のほうがお前らより長く生きていたし、情報が豊かな世界で暮らしていたもんな」


次の瞬間、頭を上げた黒髪の少年が三人の少年を狼のような険しい眼光で睨み付ける。


その殺気溢れる眼光に三人が一歩たじろいた。


「でもな~、エン、ギン、カク。俺らがババァからもらったホムンクルスのボディーの中で一番戦闘力が低かったのは俺の身体なんだぞ」


事実である。


この四人のホムンクルスたちの中で、戦闘に使える特殊能力を最初から備えていないのはクロの身体だけであった。


いま見えているアスリート並みの筋肉もクロの魂がこの世に召喚されてから独自に鍛え上げて獲得したマッスルである。


「俺はエンように火炎を操れない。ギンのように水銀から武器を作り出せない。カクのように岩を召喚も出来ない。自分で鍛えた腕っぷしだけなんだぞ」


彼ら三人のホムンクルスは特殊能力を備えて産まれてきた。


赤毛のエンは、手の平から炎を放てる。


それは火炎放射器並みの火力だ。


ギンは水銀を操り剣や槍の武器などを作り出せる。


カクに関しては石材限定だが無から有を想像できる。


石鎚、石壁、石像だって作り出せるのだ。


どれもこれも戦闘に使えば殺傷力を生み出せる特殊能力である。


そもそもが彼ら四人のホムンクルスはレディ・ショッターナを守るために作られた護衛である。


幼い姿で偽っているが、強力なガーディアンなのだ。


その実力は一人で完全武装の兵士数人分の強さはある。


まあ、平和な時はお手伝い扱いなのだが……。


なので彼らホムンクルスは普通の人間より強く作られている。


なのにクロだけは違った。


彼の与えられた特殊能力は真実の形を見抜く瞳である。


隠された扉やトラップを見つけたり、幻影を見破ったりも出来る。


場合によっては嘘すら見抜ける。


だが、それは戦闘ではほとんど役に立たない瞳だ。


それでもクロが四人の中で最強と呼ばれているのには理由があった。


それは前世の違いである。


彼ら四人のホムンクルスは手広く言えば異世界転生者なのだ。


だが、愛美とは異なる法則で招かれた異世界転生者である。


愛美はマ・フーバの魔術で呪いの結晶として召喚された存在だ。


それは別の世界から死者の魂を引き寄せ、その者の願いを叶える代わりにこちら側の世界で願われた目的を達成させるのが狙いの魔法である。


普通の転生者は【勇者が魔王を倒す】が目的で転生させられるのだが、愛美の場合は【呪いがゴクアクスキー男爵を殺す】であっただけである。


それとは異なりレディ・ショッターナの使った転生術は、この世でホムンクルスを作り、そのボディーに死者の魂を嵌め込む秘術だ。


そして、大きな目的は術者であるレディ・ショッターナを守るである。


基本的な法則が異なっているのだ。


しかも、ホムンクルスの中に搭載する魂は選べない。


たまたま並列時空を漂っていた魂を捕まえてホムンクルスに移植するだけである。


だからクロの魂は昭和から来て、他の者たちの魂は別の時代から召喚されたのだ。


しかもクロの前世は中年である。


結構長く生きた大人の魂なのだ。


それとは違いエンの魂は第一次世界大戦の真っ只中で亡くなった幼児の魂である。


ギンやカクも似たようなものだった。


故にクロと他の三人とでは人生キャリアが違いすぎるのだ。


前世で生きた時間が違う。


更にクロと三人との決定的な大きな違いが存在していた。


そのキャリアが一番問題なのだ。


それは、空手道である。


クロの前世は空手家だ。


しかもスポーツを前提に取り組まれた空手ではない。


黒柳流殺人空手。


それはクロが前世で息絶えると同時に後継者を亡くして絶滅した危険な空手である。


普通の流派が危険だど判断して使用を禁じている技ばかりを伝授する非人道的な空手道だった。


時代と共に消えた殺人技の流派である。


その殺人空手を転生と共にこの異世界に持ち込んだのがクロだった。


素手による殺人技とホムンクルスの身体能力。


それにクロの狼のような殺伐とした闘志が相まって黒柳流殺人空手は、この異世界で輝きを取り戻したのである。


だから───。


火炎を放つ、武器を作り出す、石材を生み出す。


その程度では越えられない程の戦闘力が備わり大きな壁となっていた。


「押っス!」


どす~~んっ!


大きく股を開いたクロが気合いの震脚を踏む。


その一脚で周囲の大地が揺れた。


「まあ、いいさ。今日は特別だ。三人同時に掛かってこい!」


「ぇ~~……」


ハンデキャップ戦。


それでも三人は嫌な顔をしていた。


何故なら三人はクロがヤル気を漲らせている理由を知っていたからだ。


それは、ただクロが戦いたいだけだからである。


クロは暴力が好きであった。


強者が居れば戦いたいのだ。


勿論相手が強者じゃなくても戦いたい。


弱いもの苛めでも構わない。


ただ暇だという理由で戦いたいと言い出す人種なのだ。


戦闘狂───。


それがクロのすべてである。


だから定例の戦闘訓練を口実に戦いたがっているだけなのだ。


「本当に戦いしか頭にないようです……」


「骨の髄まで戦闘好きでゴザルからね……」


「え~、僕は嫌だよ~。クロちゃんは手加減を知らないんだもの~」


三人の腰が完全に引けていた。


戦闘を拒否している。


その光景を高い位置にあるログハウスの窓から眺めていたレディ・ショッターナが声をかけてきた。


「ねえ、みんな。ちょっといいかしら?」


「なんだ、ババァ。邪魔するな!」


ガンを飛ばしながら主を威嚇するクロ。


戦闘を邪魔されるのかと殺意を飛ばす。


そのような殺気を受けながらもレディ・ショッターナは涼しげな表情だった。


そして、魔女は優雅な眼差しで森の中を見回しながら語る。


「あなたたちは感じ取れないの。そんなに鈍い子に作り上げた覚えはないわよ、わたしは。もう残念な子供たちだこと」


魔女に言われてから四人も周囲の森に視線を向ける。


そして、各々が何かを感じ取った。


「なんだ、この邪気の数は……?」


「凄い数です。100は越えています」


「動いてる~。西から東に向かってるね~」


「東って、ソドム村のほうでゴザルかな?」


「襲う積もりじゃあねえのか、こいつら?」


「可能性は高いかと思います……」


すると四人がログハウスの魔女を見上げた。


クロが問う。


「どうするババァ。助けに入るか。このままだと村は壊滅必須だぞ」


レディ・ショッターナは緩く微笑みながら他人事のようにクロに訊いた。


「あなたは、助けたいの?」


クロは邪悪なくらい満面に微笑むと答えた。


「戦っていいなら、助けたい!」


人を助けるのが目的の回答ではない。


戦えるなら人を助けると言った意味である。


手段と目的が逆転しているのだ。


「はぁ~……」


深い溜め息を吐くレディ・ショッターナ。完全にクロの回答に呆れている。


「じゃあ、行っていいわよ」


「サンキュー、ババァ!」


ゴツンっと両拳を強く叩き会わせたあとにクロが森の中に飛び込んでいった。


疾風のような速度で消えていく。


人間の走る速度ではないだろう。


しかし、残りの三人は誰一人としてクロを追わない。


どうやらレディ・ショッターナの指示を待っているようだ。


大樹の下からログハウスの主を見上げている。


その三人にレディ・ショッターナが優雅な口調で新たな指示を飛ばす。


「カクは大樹の周りに防壁を築いて守りを固めなさい。その後ギンと共に周辺を警戒。エンはクロを追って敵の殲滅よ」


「え~、僕も行くのですか~……」


「村が壊滅したら食料の調達が困難になるわ。それだけは御免よ。たまには掃除以外でも働きなさいな」


「はぁ~、ご飯のためか……。それじゃあ仕方ないよね~、ぐすん。僕は掃除だけしていたいのになぁ~……」


肩を落としながらも諦めたエンはクロに続いて森の中に走っていった。


その速度も人間以上に早かった。子供の速度ではない。


その背中を見送ったカクが両手を合わせて拝むように力みだす。


そして、次の瞬間には両手で地面を強く叩いた。


「防壁結界ッ!」


すると大樹の周りがグラグラと揺れ出す。


やがて地面の中から長方形の石壁が何枚も浮上してきた。


厚さ30センチ、高さ5メートルほどの石壁が大樹を隙間なく囲んだ。


蟻一匹侵入する隙間もない。


「これで防御は完璧です。あの程度の餓鬼風情が侵入するなんて不可能です」


「お見事でゴザル、カク殿。それでは拙者たちは木の上で警戒体制に入りましょうぞ」


「了解しました、ギン殿」






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