第15話【深夜の刺客】

時間は夕飯時──。


愛美はモブギャラコフ邸のリビングで寛いでいた。


亭主のモブノ男爵は自室で何やら書類整理の仕事をしているらしくリビングには居ない。


奥さんのモーブ夫人は台所で夕飯の仕度を一人でしている。


一人息子のモブリス坊っちゃんはリビングのテーブル席で愛美と向かい合いながら趣味の木彫りに励んでいた。


「モブリスくん、何を作ってるの?」


小型のナイフで30センチ程の薪から何かを削り出しているモブリス少年が手元とから視線を外さずに答えた。


「おねぇちゃんを作ってる……」


「お姉ちゃんを?」


「うん、愛美様を作ってるの」


「ウホ、私を?」


愛美はナイフで削られる薪を見詰めながら考える。


あの木が私に成るのかな?


だが、まだ木片は逆三角形のトロフィーのような形にしかなっていない。


まだまだ人型には程遠かった。


まあ、作り始めたばかりだから仕方ないと考える。


すると台所から顔を出したモーブ夫人が息子に言った。


「モブリス。もう少しで夕食が出来るからテーブルの上を綺麗に片付けなさい」


「はーい」


モブリス少年は素直に後片付けを始める。


本当に素直で良い子だ。


テーブルの上に散らばった木の削りカスを綺麗に払っている。


そして、愛美は席を立つと台所に向かう。


「奥さん、何か手伝いましょうか?」


愛美が言いながらモーブ夫人の隣に立つと夫人は嫌そうな表情を浮かべた。


「ごめんなさい、愛美様。台所に愛美様が入ってくると狭くなるのでリビングで待っててもらえませんか」


「は、はい……」


どうやら邪魔らしい。


確かにこれだけの巨漢が隣に並んでいたら邪魔で仕方ないかも知れない。


台所だって狭く感じるのだろう。


愛美は渋々とリビングに戻る。


そして、テーブルの上を掃除しているモブリス少年に話し掛けた。


「モブリスくん、お掃除を手伝いましょうか」


「いいよ、暑苦しいから離れてて」


「は、はい……」


ハッキリと断られた。


しかも暑苦しいとまで言われてしまう。


最初のころは、あんなにゴリラ顔を恐れていたのに今では完全に馴れている。


もうモーブ夫人もモブリスも愛美のことを恐れていない。


どうやら顔はゴリラだけど中身は普通の女性だと理解を始めたようだ。


まあ、ゴリラ顔を見るたびにビクビクされているよりはましである。


でも、邪魔扱いされるのは寂しかった。


流石の愛美もへこんでしまう。


すると再びモーブ夫人が台所から顔を出して息子に言った。


「モブリス、そこが片付いたらお父さんを呼んできてちょうだい。もう直ぐ夕飯だって」


「はーい」


モブリス少年が子供らしい返事を返したのだが、すぐさま愛美が割って入った。


「はいはいはーい、奥さん。私が村長さんを呼んできます!」


「は、はい。それじゃあお願いします、愛美様……」


「ひゃっはー!」


やっと仕事が与えられた愛美がテンションマックスで二階を目指す。


愛美はスキップで階段を駆け上がるとモブノ村長の部屋を目指した。


そして大きな拳で部屋の扉をノックする。


ドンドンドン……。


激しい振動。


軽いノックの積もりだったが、まるで大きな木槌で扉を叩いたような大きな音が鳴ってしまった。


そのノックで扉だけでなく周辺の壁まで剥げしく揺れてしまう。


するとしばらくして怯えた顔のモブノ男爵が扉を開けて顔を出した。


「な、なんだ、愛美殿でしたか。凄い音だったので強盗でも家に入ったのかと思いましたよ……」


「そ、そんなに……」


愛美は実感した。


この筋肉は力加減が難しいようだと。


自分では手加減した積もりでも、今のような相手からは手加減無しの意外な反応が返ってきてしまう。


愛美は気を付けている積もりなのだがコントロールが利かないのだ。


これは早く慣れなければならない課題だと思う。


それよりも──。


「村長さん、ご飯が出来ましたよ。下に来てください」


「ああ、分かりました」


こうして愛美は今日もまたモブギャラコフ邸で夕飯を頂いた。


愛美一人で夕飯を五人前は食べる。


そして、その晩の話であった。


時間は深夜。


愛美は二階の客間で寝ている。


大きな体から足先をはみ出しながらベッドで眠る愛美を窓から照らし入る三連の月光が写し出していた。


静かな夜である。


こちらの世界は夜が静かだ。


深夜まで走っている運送屋のトラックも無ければ飲んだくれの酔っぱらいも騒いでいない。


昔の世界の夜とは静寂で心地好かったのだろう。


この静寂だけは愛美も好きである。


だから夜は良く眠れた。


しかし、今晩は違う。


心地好い眠りを邪魔されるのであった。


愛美が眠る二階の客間に来訪者が訪れる。


月明かりを浴びる二階の窓に映るは怪しい人影。


窓の外に誰かが張り付いて室内を覗き見ている。


その人影は窓の前に置かれたベッドで寝ている愛美の寝顔を確認すると、針金を使って外から窓の鍵を器用に開けた。


カチャリと小さな音を発てて外される鍵。


その直後に開かれる窓。


だが、寝ている愛美は微塵にも気が付いてない。


やがて開いた窓の隙間からローブ姿の男が部屋に入ってきた。


忍び寄る怪しい人影。


月明かりを浴びる顔をフードで隠しているが体格からして男性だろう。


ローブの下には肩から袈裟懸けに掛けたベルトがあり、そこには数本のダガーが装備されていた。


男はベッドに寝ている愛美を両足で跨ぐとベルトからダガーを一本引き抜くと片手に構える。


そして、そのダガーをゆっくりと愛美の首元に近付けた。


「ひっひっひっ。所詮、異世界転生者とて人間は人間。寝首を掛かれれば一溜りもあるまいて」


卑屈に微笑むフードの男は、そう呟いてから愛美の首元に添えたダガーを素早く引いた。


「ふんっ!」


ザクリッ──。


寝首をかっ切る。


「えっ!?」


──かっ切ったのだが……。


切れていない。


確かにナイフで喉をなぞるように切ったはずなのに愛美の太い首には切り傷の一つも無い。


切れていないではない、切れなかったのだ。


分厚い筋肉が鋼のように硬直してダガーの鋭い切っ先すら通さなかったのだろう。


まさに合金レベルの強度を有した筋肉だ。


それが寝ていても保たれているのが恐ろしい。


「バ、バカな!」


その驚きの声に愛美が目を覚ました。


「むにゅむにゅ……。あれ……」


まだ眠気眼の愛美が目を覚まして見たものは、夜な夜な自分の上に馬乗りで股がる知らない男性の姿。


その有り得ない状況に愛美は乙女らしい反応で絶叫した。


「きゃぁああ!変態!!夜這いよ!!!」


その絶叫と共に振るわれる横振りの張り手。


パーの形に開かれた愛美の張り手がフード男の顔面を張り倒した。


パチィーーーン!!


「ぐほっ!!」


もろに張り手を頬に食らったフードの男が横に吹っ飛んだ。


そのまま入ってきた窓を突き破り室外に飛んでいく。


そして、二階の窓から庭に転落した。


「な、なに、いまの!?」


愛美が窓から外を見ると窓の下にフードの男が大の字で倒れていた。


その周りに割れたガラスの破片がキラキラと散らばっている。


「夜這いなんて卑劣よ。捕まえて警察に突き出してやるわ!」


そう考えた愛美は窓から一階に向かって飛び降りた。


愛美は両足を揃えて物音一つ上げずに無音で着地する。


190センチの筋肉巨漢とは思えない軽い身のこなしだ。


それから庭先に落ちたフードの男を確認する。


「あれれ、気絶してる……」


フードの男の顔半分が赤く晴れ上がっていた。


更に前歯が一本抜けている。


その表情が間抜け面で面白い。


危うく吹いてしまうところだった。


おそらく愛美の張り手か転落したショックで前歯が抜けたのだろう。


そして、愛美は気配に気付いた。


「んん、夜の庭先に誰か居る?」


愛美が庭先を見渡すと四人の人影を見つける。


フード付きローブを羽織った男性が三人。


一人は老人だ。


それと布マスクで頭部を隠した女性が一人。


剣を腰に2本下げた男に、ストレッチハンマーを持った大男。


老人は木の杖をついている。


布マスクの女は弓矢を構えていた。


「チッ……」


舌打ちの後に真ん中の男が冷めた口調で述べる。


「何が寝首を刈れば一発だ。失敗していたら苦労もないぜ」


四人から伝わってくるものは殺気。


愛美にも分かる。


この四人は敵だろう。


顔も隠している。


殺意にも溢れている。


間違いなく敵だ。





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