第14話【傀儡の魔女と黒髪の美少年】

ソドム村の北側に険しい魔の森が広がっていた。


近隣の者たちは、そこの森を魔の森と呼んで踏み入ることは少ない。


森の中はジャングルのように密林で、大型の猛獣どころかゴブリンやコボルトなのどのモンスターも数多く巣くっているから尚のこと人々は森には入ってこないのだ。


──っと、言われていた。


村では子供たちに、そのように説明している。


だが、事実は若干異なる。


魔の森にはゴブリンたちが巣くっているが、その数は10匹程度の少数。大型の魔物もほとんど居ない。


子供たちが森に入らないように昔っから言われている大人のブラフである。


本当は平和な普通の森である。


そのような森に住んでいる魔女の名はレディ・ショッターナ。


魔女は美しい外見で、人々には傀儡の魔女と呼ばれている。


得意な魔術はホムンクルスの製作。


故に傀儡の魔女なのだ。


そして、彼女は自分そっくりなホムンクルスを製作して200年は若くて美しい姿のまま生きていると言われていた。


だが、噂は偽りである。


彼女の実年齢は40歳。


確かに魔術や魔力で若作りはしているが、ホムンクルスの技術で永遠の命なんて保っていない。


そもそもホムンクルスで、そんなことは出来ないのだ。


故に最近の悩みはほうれい線と垂れ下がってきたオッパイとお尻の肉付きてあった。


魔女とて普通の女性と同じようなことで悩むのだ。


これは美を探究した女性ならば逃れられない悩みである。


老いとは人間である限り平等にも残酷なままに訪れるものであった。


「ふぅ~~」


レディ・ショッターナはヨガマットの上でヨガのポーズを取りながら集中していた。


ヨガに関しては、まだまだ始めたばかりの初心者だったが、お尻の肉が引き上がったと効果のほどを実感している。


なのでしばらくは続けていく積もりだ。


「今日はこのぐらいで終わりにしようかしら」


レディ・ショッターナはヨガのポーズをやめるとタオルで汗を拭きながらテーブル席に付いた。


そして、長い黒髪を束ねていたリボンをほどくとテーブルの上に置かれたベルをチリンチリンと鳴らす。


すると一人の凛々しい黒髪の少年が部屋に入ってきた。


まだ12歳ぐらいの少年は、かなりの美少年だった。


小柄で細身の少年は、黒髪で瞳の色も漆黒。


しかし肌の色は白くてパールのように艶々している。


まるで作り物のような美しい外見をしていたが、眉の角度だけは凛々しい角度を築いていた。


凛と一本芯が通っているのだ。


そして、自分を呼びつけたレディ・ショッターナに不機嫌そうに問いかける。


「なんだよ、呼んだか?」


冷たい眼差しで問い掛ける少年にレディ・ショッターナも冷たい眼差しで注文する。


「クロちゃん、悪いけど紅茶を入れてくれないかしら。それと甘い蜂蜜も付けてね」


黒髪の少年は深い溜め息を吐いてから愚痴るように返す。


「はぁ~、なんで俺がババァのためにお茶をわかさにゃあならんのだ?」


その言葉にレディ・ショッターナが瞬時に沸騰した。


「ババァ言うな。解体するぞ!」


声を怒らすレディ・ショッターナにクロちゃんと呼ばれた少年は袖を捲って怒り返す。


「だいたい俺はお前の小間使いでもお手伝いさんでもないんだぞ、ゴラぁ!」


「なに言ってるのよ。私はあなたを小間使いとして作ったのよ。だからお茶ぐらい入れなさいよ!」


「ふざけんな。勝手にこんなショボい体を器に召喚しやがって。もとのサイズの体に戻しやがれってんだ!!」


「それがホムンクルスが人間様に頼む態度かしら。もう少し前世で礼儀作法を勉強してきたほうが良いんじゃあないの!!」


「元の世界に戻れるんなら戻るわい!!」


切れ長の瞳を更に細目ながらレディ・ショッターナは天井を見上げてから冷ややかな愚痴をこぼす。


「あー、失敗したわー。なんでこんな野郎臭い魂を召喚しちゃったのかしら。外観の製作は完璧な美少年だったのに……」


少年も横を向きながら小声で愚痴る。


「テメーだって外見は美人人妻風だが、生身はクソババァじゃあねえか」


「聴こえたぞ、このクソガキィイイ!!」


「誰がガキだ。俺はもう30歳の青年だ!!」


「なにが青年よ。チンチンに毛も生えてないくせに!!」


「それはテメーの趣味でそう作ったんだろ。このショタコンババアが!!」


「ショタコンで何が悪いのよ!!」


「40歳のババアが10代のチンチンを拵えてよろこんでんじゃあねえよ!」


「なによ、チンチンだけは大きく作ってあげたんだから感謝ぐらいしなさい!!」


「そ、それは感謝する……」


「じゃあ、紅茶を入れて蜂蜜を添えてね」


「分かったよ。ローズティーか、それともダージリンティーがいいのか?」


「今日はローズティーの気分ね」


「はいはい、分かった分かった」


話が落ち着くと黒髪の少年は台所に向かってからお湯を沸かす。


お湯を沸かすといっても竈でお湯を沸かさなければならない。


少年は火口石をカチカチと叩いて薪に火を点けなければならないのだが、それが一苦労だ。


前世の世界では、コンロのレバーを回すだけでお湯を沸かせたのに、この世界では火を点火するのにも原始的で時間が掛かる。


ライターどころかマッチすらない。


だから気軽にお茶を入れてくれと言ってくる魔女に腹が立つのであった。


「畜生。こんな原始人みたいな生活はウンザリだぜ……。火がつけられるエンが羨ましいぞ」


愚痴りながらもティーカップと蜂蜜の準備をする黒髪の少年。


そして、蜂蜜が入った壺の中身を確認した黒髪の少年が呟いた。


「あれ、もう少しで蜂蜜が無くなるな。まあ、あと一回分はあるか」


この世界では蜂蜜は貴重品だ。


養蜂の技術が無いために、蜂の巣を森で見付けて確保しなければならないからである。


しかも、この世界の蜂は大きい。


モンスター級の大きさを有した個体も少なくない。


しかも、この世界では蜂の個体が大きい蜂ほど蜂蜜が旨いとされている。


だから美味な蜂蜜は貴重品なのだ。


そして、ローズティーを入れたティーカップと蜂蜜が入った小壺を御盆に乗せた黒髪の少年がレディ・ショッターナの部屋に戻ってきた。


「ほら、お茶を入れてきたぞ。ババァ」


「ババァ言うな、クソガキ」


二人は淡々とした静けさの中でも口喧嘩を絶やさない。


見えない高さでバチバチとやりあっているのだ。


「ところでババア。蜂蜜がそれで最後だぞ」


「それじゃあ買ってきなさいよ。売ってる場所ぐらい知ってるでしょ」


「朝っぱらから、めんどくさい」


「はぁ~……」


レディ・ショッターナは溜め息を吐いてから袖の中に手を入れて布袋を取り出す。


その袋の中から硬貨を数枚取り出した。


金貨三枚だ。


「これで買ってきなさいよ」


「お釣りは俺のお小遣いでいいか?」


「良いわよ。その代わり無駄遣いはダメよ」


「はいはい、分かってるよママ~」


茶化すような台詞を飛ばして黒髪の少年が魔女の家を出ていこうとする。


しかし、扉の前で立ち止まった。


横の壁を見る少年。


そこには大きな姿見の鏡が下げられていた。


その鏡に映るは少年の全身。


だが、その姿は身長180センチはあるだろう体格の良い青年だった。


単発の黒髪に凛々しく太い眉。


体はアスリートだと分かるほどに鍛えられている。


これが少年の真の姿。


いや、青年の魂だ。


そして、大樹の半場に建てられたログハウスを出た黒髪の少年が螺旋状の階段を下っていくと、大樹の前で掃き掃除を行っている赤毛の美少年とすれ違う。


赤毛の美少年は集めた落ち葉の前にしゃがみ込むと横を過ぎる黒髪の少年に話しかけてきた。


「クロく~ん、どこに行くの~?」


まるで幼い女の子のような可愛らしい喋り方だった。


黒髪の少年は赤毛の少年のほうを見向きもせずに答える。


「買い物だ。ちょっとソドム村まで行ってくるよ、エン」


「あれ、ギンくんも買い物に行かなかった?」


「今ギンはエデン町に行ってるはずだ。俺は蜂蜜を買いに行くんだよ」


「二人ともお使いが出来ていいな~」


「エン。お前も足し算や引き算ぐらい覚えろよ。そうしたら買い物だって行けるんだぞ」


「僕には無理だよ~。お使いも料理も三人にお任せだよ~。だから僕はお掃除だけ頑張ってるんだよ~」


言いながら赤毛の少年は足元にある落ち葉の山に火をつける。


指先に小さな炎を生み出して落ち葉に点火したのだ。


魔法である。


「まあ、俺は買い物に行ってくるから、火の始末には気をつけるんだぞ、エン。前みたいに家事を起こすなよ」


「分かってるよ~、クロく~ん」


背中を向けて歩く黒髪の少年が手を振ると、その背中に赤毛の少年も手を振った。


彼を見送る。




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