第28話 異変




 馬車が大きく揺れて、わたくしは座席から前に転びそうになった。


 しかし、次の瞬間にはランティス様の腕の中だった。


 何が起こったのかわからない。


 先程までいい気持ちで眠りそうになっていたのに、今は外から怒鳴っているような声と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。


「賊か?」

「そのようですね」

「そんな! ここは貴族街ですよ?!」


 ヴィノ様が身体を屈め、カーテンの隙間から外の様子を伺う。その隣でランティス様がわたくしを抱きしめながらヴィノ様に静かに問うた。


 2人の問答に、激しく動揺したのはお母様だ。


 確かに森の中を通っていたわけではない。整備された街中で、警備の騎士もいるはずなのに、どうして襲われているのだろう?


 わたくしは、未来で見たグシャグシャの馬車を思い出した。


 お母様が危ない。


 わたくしはその思いに囚われて、ランティス様にしがみつきながらもお母様を見た。


「お、お母様……!」


 わたくしの呼びかけにハッとなるお母様。わたくしをみながら少し微笑んだ。


「だい、大丈夫よ。すぐに騎士団の方々が――」


 お母様が言いかけたときだった。


 バァン!!!


 馬車の扉が大きな音を立てたのだ。


 扉にはカーテンがかかっており、どのような理由で扉が音を立てたのかわからない。誰かがぶつかっただけなのかも知れない。


 だが、その考えは扉のドアノブを激しくまわす音によって否定された。


 ガチャガチャガチャ。


 誰かがドアを開けようとしている。怒号と戦闘音も鳴り止まない。


 わたくしは震えが止まらなかった。


 ランティス様にしがみついたまま空回るドアノブをみつめていると、突然扉が開いた。


「――っ!」


 声が出なかった。


 甲冑を着た大男が馬車の扉を打ち破り、馬車の中へと手を伸ばしてきたのだ。


 扉近くにいたヴィノ様が胸ぐらを掴まれると、外へと勢いよく放り出される。


 続いて大男はお母様に手を伸ばした。


 お母様は馬車の隅へと寄っていたが、大男は馬車の中へ深く踏み込んできたため、左手首を掴まれてしまった。


「きゃあ!!」

「お母様!!!」


 わたくしは自然と声を張り上げていた。


 お母様は顔を引きつらせながらも抵抗を試みる。しかし、大男は構うことなくお母様を引きずりはじめた。


 お母様を助けなくては!!


 ランティス様の腕から身を乗り出したわたくしは、お母様に手を伸ばそうとしたが、ランティス様に強く引き寄せられた。


 驚いてランティス様を見上げると、ランティス様の瞳の中に稲光が見えた。


 ランティス様は前を見据えたまま、ゆっくりと手を前方に伸ばす。表情にはなんの感情も見えないし、なんだかいつもより青白くみえる。いや、どちらかと言うと発光していると言ったほうがいいのだろうか。


 まるで人形のようなランティス様に、わたくしは固まった。


 すると、ランティス様の腕から黄色い光が爆ぜ始めた。その光は前方へ突き出されたランティス様の手のひらに収束していく。


 ランティス様の手の先には、驚いた表情のお母様と、顔色を変えた大男が動きを止めてこちらを凝視していた。


 先に動いたのは大男の方だった。


 掴んでいたお母様の左手首を離すと、背中にかついでいる大剣に手を伸ばす。


 こんな狭い馬車の中で大剣を振り回すつもりかと思ったが、大剣が抜かれることはなかった。


 眩しい光に包まれたのだ。


 ズドン。


 それから重苦しい雷鳴が轟いた。あまりの音の大きさに、わたくしは耳をふさいでランティス様の胸にうずくまる。


 心臓の鼓動がドキンドキンと大きく聞こえていた。その他の音が全く聞こえてこない。外でしていた怒鳴り声も、金属がぶつかり合う音も聞こえてこない。


 風が頬を撫でる感覚がして、わたくしはそーっと目を開いた。


 え? 空が見える??


 視界に入ってきたのは日が傾き始めた空だった。それからゆっくりと辺りを見回す。


 馬車の天井は吹っ飛んでいた。


 馬車の壁も一部が吹き飛び、原型をとどめていない。


 待って、この形、見覚えがある。


 このグシャグシャの形は未来で見たものと酷似していた。


 そう思ってからハッとして、わたくしはお母様の姿を探した。お母様はかろうじて残っていた座席に倒れていた。


「お、お母様!」


 わたくしは急いでお母様に駆け寄ろうとしたが、ランティス様がなぜか離してくれない。ジタバタと動いてみるがびくともしない。


 わたくしの腰をガッチリと抱きしめたランティス様の手を剥がそうとしたが、凍ってしまったかのようにちっとも動かなかった。


「ランティス様? あの……」


 わたくしは不思議に思いながらランティス様を見上げると、ランティス様の息が異様に乱れていた。


「ランティス様?」

「……はっ、……あっ」

「ランティス様?!」


 顔が真っ白だった。


 青白く発光する現象が続いているのかと思ったがそうではない。大量の汗をかいているのか、ランティス様の顎から滴り落ちた汗がわたくしの頬にかかった。


「ランティス――」


 そう呼びかけたときだった。


 ランティス様の身体から何かが弾ける音が聞こえ、再び発光し始めたのだ。


「ランティス様!? ランティス様!!」


 わたくしは必死に呼びかけたが、ランティス様と目が合わない。


「あ、あ、あ」


 ランティス様は声を上げるが言葉になっていなかった。


 これはどうなっているの? どうしたらいいの?!


 ランティス様が苦しんでいる。助けたい。


 わたくしがランティス様の頬を叩こうとして、手をランティス様の顔に近づけた時だった。


 ゴゴーン……。ゴロゴーン……。


 わたくしの頭上で鐘が鳴り始めたのだ。


 い、今?!


 わたくしは戸惑った。しかも、なんだかいつもと鐘の音が違わない?


 なんだか無理やり鳴らしているような、そんな感じの音だった。


 これは、未来か過去に行こうとしている?! どうして今なの! そんな場合じゃないのに!


「ランティス様! ランティ――……」


 そうしてわたくしは意識を失ったのだった。




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