第26話 ランティス様の欲
気づけばわたくしはゆっくり走る馬車に乗っていた。
あの後、恥ずかしさから放心状態になっていたようだ。店を出る前から馬車に乗るまでの記憶がなかった。
目の前にはホクホク顔のランティス様が座っており、目が合う度に微笑まれる。その隣にはニヤニヤ顔のヴィノ様がいて、なんともいたたまれなかった。
恥ずかしさから顔を下げていると、横からの視線に気づいた。
不思議に思い顔を上げると、お母様と目が合った。
観察するようにジッとわたくしを見つめてくる。見つめられるわたくしは戸惑うしかない。
「お母様? わたくしに何かおっしゃりたいの?」
「……ううん、なんでもないわ。気にしないで」
そう言いつつもわたくしの観察をやめないお母様。困ったわたくしはまた顔を下げたのだった。
いくつかの店や観光地を巡った。
ランティス様は始終楽しそうにしている。何かと理由をつけてはわたくしと手をつなぎ、何かと理由をつけてはわたくしとお揃いの商品を買おうとしていた。
しかもその品々が青や銀色ばかりで、わたくしは途中から他の色を勧めるようになっていた。
ここまで好きですアピールをされると、わたくしも照れてしまう。そのせいか、文具店のデート発言からずっと緊張していた。
さらにわたくしの緊張を煽ったのが、お店や観光地ですれ違う人々の視線だった。
みんな、見目麗しいランティス様に気づき、思わず振り向く人や、二度見する人、明らかに見とれている人もいた。
そんなランティス様が、わたくしを優雅な動作でずっとエスコートしてくれるのだ。わたくしが見られているわけではないが、粗相をしないように自然と気を張ってしまった。
だからなのか、思っていた以上にわたくしは疲れてしまった。
そんなわたくしに気づいたのはランティス様だった。
「リシュア? 大丈夫かい? どこかで休憩しようか」
ランティス様の一声で可愛らしいカフェに入る。優しい色合いと雰囲気のお店だった。
4人席の円卓に案内され、わたくし、お母様、ランティス様、ヴィノ様が座った。
そこで美味しい紅茶と甘いケーキを堪能していた。すると色の話になり、ランティス様がある提案をしてきた。
「じゃあリシュア。なにかプレゼントさせてくれるかい?」
「わたくしに……ですか?」
「うん。そうすれば僕は別の色の物を買えるよ?」
そうなの?
わたくしが困惑していると、隣に座っていたお母様がわたくしの肩をポンッと叩いた。
「ランティス様がこうおっしゃっているのだから、ありがたく頂戴しましょう? ね? リシュ」
「は、はい」
「ランティス様。お時間の都合上、ご案内できるのは次の行き先が最後になりますがよろしいですか?」
「ありがとうございます、夫人。大満足ですよ」
「行きたいお店はございますか?」
「夫人おすすめのアクセサリー店があれば案内していただけるでしょうか?」
「アクセサリー……。かしこまりましたわ」
お母様の目が大きく見開いたように見えた。しかしすぐに微笑む。ランティス様もそんなお母様を見てニッコリと微笑んだ。
お母様とランティス様はまだまだ元気そうだわ。
わたくしも美味しいものをいただいて少しは元気になったが、気力は持つだろうか?
とりあえずお手洗いに行って顔色を確認してこよう。
「わたくし、少し席を外しますわね」
「ああ、待って。お母様も行くわ」
何かを察したのだろうか。お母様も一緒にお手洗いについてくる。用を足しパウダールームで顔色の確認をしていると、お母様が声をかけてきた。
「リシュ、大丈夫? 疲れちゃったかしら?」
「大丈夫ですわ。……少々、はしゃぎすぎました」
「まぁ!」
ランティス様を意識しすぎて緊張していただけだが、素敵な男の子にエスコートされて内心はしゃいでいたのも事実なのでそう答えると、お母様が嬉しそうに声を上げた。
「ねぇねぇ、リシュ。気になっていることがあるのだけど、貴女、自分のことを『わたし』から『わたくし』に変えたでしょう? 何か理由があるのかしら?」
「え?」
お母様は何を言っているのだろう。わたくしは元々……とそこまで考えて、あることに思い至った。
そうだわ。幼い頃のわたくしは『わたし』と言っていた。
グラード様の婚約者になって、侯爵夫人教育が始まってから、教育係や侯爵夫人から直すように言われて『わたくし』と言うようになったのよ。
だからお母様からすれば、わたくしがいきなり変えたように見えるわよね。
「あ、はは……。えっと……」
返答に困って濁していると、お母様がニコッと微笑んだ。
「悪いことじゃないからいいのよ? ただ、ランティス様のお嫁さんになりたくて変えたのかしら? と思って」
「ふへ?!」
動揺しすぎて変な言葉が出てしまった。目を白黒させているわたくしに気づかないお母様は話を進める。
「実はね、ランティス様から婚約のお話をいただいているの」
「はぇ!?」
待って欲しい。パウダールームでする話じゃないわ、お母様。
「お、お母様。ちょっとお待ちを……」
わたくしは驚いて周囲を見渡すが、パウダールームには他の客はおらず、わたくしは一先ず息をついた。お母様は嬉々として話し続ける。
「まさかアクセサリーをプレゼントしようとしているなんて、お母様も思ってなかったわ。でも、リシュに受け取りなさいって言っちゃったし。ああでも、ランティス様は本気なのねぇ。女の子にアクセサリーを贈ろうとするなんて、独占欲の表れじゃない!」
お母様は一人ではしゃいでいる。わたくしは困惑して声も出ない。
「ねぇ。リシュが良ければこのお話を進めたいのだけどどうかしら? ランティス様のことどう思う?」
こ、婚約?! 進める??!
わたくしは混乱した。しかし、ランティス様の態度を見ていればわかる気もする。いやしかし、本当にランティス様は本気なのだろうか?
「ラ、ランティス様はその、隣国の皇子ですし……」
「心配ないわ。ランティス様は我が家に婿入りすることも考えていらっしゃるそうよ」
「婿入り!?」
「ねぇ、今すぐじゃなくていいから少しは考えていてくれないかしら? それにホラ、貴女は別の人と婚約した挙げ句、婚約破棄されてしまうのでしょう? ランティス様は絶対そんなことはしないと約束してくれたわ」
そうだった。ここでランティス様と婚約してしまえば、グラード様と婚約しなくて済むんだわ。未来を変えられる。
しかし、そこでわたくしが思い出したのが、冷たい表情のランティス様だった。
「……っ」
「リシュ?」
「ごめんなさい、お母様。なんでもないです」
今は大丈夫かもしれないが、この先嫌われてしまったときはどうしたらいいのかしら。
そんな考えが頭をよぎり、身体が震えてしまった。
お母様は不思議そうな顔をしてわたくしを覗き込んでいたが、やがてわたくしの手を優しく握った。
「そろそろ戻りましょうか」
「は、はい」
お母様と連れ立ってパウダールームを出る。角を曲がるとランティス様たちの姿が見えた。
ところが、姿が見えたのはランティス様とヴィノ様だけではなかった。
ランティス様が優雅に紅茶を飲んでいる真横で、少々派手目な、赤いバッスルスカートの女性が立っていたのだ。
しかも、ヴィノ様に遮られているにも関わらず、何度も何度もランティス様に話しかけていた。
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