第9話 怖い
「まあまあまあ~!」
お母様の嬉しそうな声で、わたくしはハッと我に返った。
いつの間にかわたくしは席に着いていた。目の前にはニコニコ顔のお母様と、少しびっくりした顔のお父様が座っていた。
お母様の隣には幼い弟たちがぽかんと、わたくしとわたくしの隣に座るランティス様を見比べている。
そのランティス様は神々しほどの微笑みをたたえていた。
食卓の中央には少し大きめの燭台と、色とりどりの花が生けられた花瓶が並んでいる。手元にはピカピカに磨かれたカトラリーが置かれていた。
我が家の食卓は円卓だ。そのため、家族全員の視線がわたくしに注がれているのがよくわかり、わたくしは恥ずかしさから顔をうつむけた。
「ずいぶんと仲良くなったのね〜! お母様すごく嬉しいわ!」
己の願望に負けただけです、お母様。
「……妻から話は聞いていたが、よほど気が合ったのだな……」
独り言が大きいです、お父様。
「リシュ姉さま、お顔まっか~。おねつ?」
「違うよ、セオリス。恥ずかしがってるんだよ」
「レスター、セオリス、少し黙っててちょうだい……」
かわいい弟たちと5年ぶりに会えたというのに、顔を見る余裕が無いわ。
「リシュアとの会話はとても楽しいです。今日のお茶会も素晴らしいテラスでご一緒出来て光栄でした。ありがとう、リシュア」
楽しかったですか?! ギクシャクしてましたわよ?! 主にわたくしのせいで。
「おなまえ、よびすてちゃダメなんだよ~?」
「君のお姉さまに許しをもらったからいいんだよ」
「良かったね! ラン兄さま!」
ラン……兄さま、ですって?!
弟たちとランティス様がめちゃくちゃ仲良く話しているのだが?
間に挟まれたわたくしは驚いているし、疎外感も感じているのだが??
疑問に思ったわたくしは、仲良く並んで座っている弟たちに尋ねた。
「レスター、セオリス、あなたたちいつの間にランティス様と仲良しに……?」
「さいしょの日だよ~。ラン兄さまがあそんでくれた~」
「リシュ姉さまが倒れてお姫様抱っこされてた日」
変な覚え方しないでくれないかしら?
「あの日からロンメル家でご厄介になっているんだ」
「そ、そうでしたね」
ランティス様が説明してくれるが、そのことはお母様から聞いている。滞在理由は知らないけれど。
お茶会をしなくても良かったのではと一瞬考えてしまったが、もう過ぎたことだし考えることはやめよう。
「さあ、そろそろ食べようか。せっかくの食事が冷めてしまう」
お父様の一言で夕食が運ばれた。
穏やかな時間が流れていた。お父様とお母様は時折何か喋っては「ふふっ」と笑い合っている。弟たちはお互いにやいやい言いながらマイペースに食事を続けている。
本来はもっと静かに食べるものなのだろうが、我が家は昔から和気あいあいと食べていた。
グラード様と婚約し侯爵夫人教育が始まると、教育係から『食べながら話すなど品がない』とよく叱られたわね。グラード様のためにと頑張っていたけれど、食事の時間が苦痛だった。
そのうち味がわからなくなって、少食になったわ。
わたくしにはやはり合っていなかったのだろう。粛々と食べるより少しにぎやかな方がいい。
ぼんやりとそう思いながら食べていたが、隣のランティス様が気になった。ちらっと横目で見てみる。
さすが皇族というべきか。所作がとても美しい。お父様に話しかけられてはニコニコと相槌を打ってくれているが、食べ方は崩れない。
ランティス様は食べながら話すことに抵抗はなさそうだ。
あの教育係に今のランティス様を見せたら何て言うのだろうか。『品がない』と言うのかしら?
そんなことを考えていると、ランティス様と目があった。そしてわたくしに向かって微笑む。
「美味しいね」
ドキンッ。
わたくしは慌てて目線を皿に戻した。そして気づいた。
確かに美味しい。わたくしは食事を美味しいと感じている。
「シェ、シェフに伝えておきます」
「うん。でも、この美味しさはシェフの腕が良いだけじゃないよ。この空間がとても心地いい。素敵なご家族だね」
そう言われた途端、何かがこみ上げてきて胸がいっぱいになった。どうしたのだろう。なんだか涙がこぼれそう。
家族のことを褒めてもらえたから? それとも、ランティス様の声音があまりにも優しく感じたから?
わたくしはランティス様を見ることが出来ず、コクンとうなずいた。
そうだった。こんなふうに柔らかく笑う方だったわ。5年後の嫌われる前もよく見せてくれていた。
グラード様との交際については小言が多かったが、その他のことは何も言われてなかったわ。
ううん。それどころか褒めてもらえたり、励ましてくれたりもしていた……。
なぜ忘れていたんだろう?
わたくしはなんて最低な人間なの。嫌われることをしたのはわたくしの方なのに、一方的にランティス様を怖がって避けてきた。
今も関わらないようにしようと考えている。
どうしても仲良くなることに抵抗がある。なぜ?
情けなくなったわたくしは、思考をかき消すように一心不乱に食事を食べた。ランティス様に見つめられている気配を感じていたが、ランティス様は何も言わずに食べ始めた。
すると、5歳になるセオリスがランティス様に尋ねた。
「ラン兄さま、お城のごはんはどんなものですか~? ごうかですか?」
「そうだね。豪華だけどセオ君のご飯と変わらないかな?」
「あそびに行きたいです~!」
「いいよ。おいで」
「やった〜! あした行けますか?」
何を言い出しますの、この5歳児は。でも、羨ましいわ。そんな気軽に遊ぶ約束を取り付けるなんて。
わたくしは食事を食べすすめながら、ぼんやりと二人の会話を聞いていた。
「明日は無理かな」
ランティス様が困っている。セオリスはきっとこの後、駄々をこね始めるはずだから注意をしないと。
そう思い口を開こうとしたが、6歳になるレスターが衝撃の事実を口にした。
「ダメに決まってるだろ? ラン兄さまはお城で殺されかけたからオレたちの家に避難してるんだぞ」
「え」
わたくしは驚いて、ナイフとフォークを持ったまま固まってしまった。レスターは今、何と言った?
殺されかけた……?
「レスター!」
お父様が慌てて立ち上がる。レスターは「しまった」という顔をして自らの手で口を塞いだ。
「ランティス殿下、申し訳ありません。私の息子が……」
「謝らないで下さい、ロンメル伯爵。別に隠しているわけではありませんから」
「ご、ごめんなさい。ラン兄さま」
「大丈夫だよ。でも家族以外には話さないで。レス君のお父様やお母様に迷惑がかかるかも知れないからね。約束できる?」
「で、できる!」
「ありがとう、レス君」
レスターは怒られると思ったのか、泣きそうな表情を浮かべていたが、ランティス様が穏やかになだめてくれたおかげで気を取り直した。
「そうだ、レス君この前の――」
ランティス様が話題を変えた為この話はここで終わったが、わたくしの鼓動はずっと治まらなかった。
ランティス様も殺されかけた経験を持っているの?
あんな恐ろしい体験を?
突き落とされたときの記憶が蘇った。階段から身体が沈む感覚と、歪んだ表情の男爵令嬢。その瞳は死んでしまえと言っているようだった。
わたくしの体験よりランティス様の方が余程ひどかったのではないかしら?
ランティス様は元敵国に逃げてこないと行けないほど危険な目に遭ったということだもの。
ベイスンレイスの学園に編入したことも、学園を卒業しても国へ帰らなかったことも、自国が危険だったから、ということなのね。
知らなかった。知ろうともしていなかった。これで、ランティス様とは友人だった、なんてよく言えたものね。
わたくしは知らず知らずのうちに、たくさんの人を傷つけていたのかも知れない。
メロディナ様のことだって、わたくしが気づいていないだけできっと何かしていたのだわ。
どうしよう。人付き合いが怖い。
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