不穏な気配


「あ…殿下の手紙…?」


 ニコラの元に届けられたそれは、彼女に対して感謝の念を綴ったもの。そして、謝罪。最後に、これからも手紙のやり取りをしたいというお願い。


「……いいのかなあ。平民とお姫様が…」


 ニコラはもう、レイリアに悪感情など一切無い。かつては憎しみさえ抱いたが…それは相手が違う、と気付いたから。


 ふと…テーブルに頬杖を突き、ダイニングに揃っている弟妹を眺める。今日の家事も終わり、各々自由に過ごしている。

 マチカはお絵かき。スピカとエリカは裁縫。アールは字の勉強中。


「(……今こうして暮らせているのは、殿下のお陰。わたしとの文通が気分転換になるなら…少しは恩返しになるかな?)」


 よし、と小さく頷き。部屋にレターセットを取りに行った。






 ニコラが呼び出されてから数日。


「なんで…早速…」


 ニコラは王宮にいた。先日とは違い、上質な服を纏って。

 それも皇子…ステランに呼ばれたから。服も彼からの贈り物だ。

 上司のガイルには「これから休みがちになるかも…」と相談済み。というより、王宮から話が伝わっていたらしい。


「大変だな…お前さん…」


 兵士達は怒りもせず…憐れみの視線をニコラに送っていた。



 貴族の「今から来れる?」は「今すぐ来い」という意味だし。提案に聞こえる言葉は全て、拒否できない命令なのだ。


 王宮に続く門の前でため息。知らせがくるまでは…「貰ったお金で旅行しよう!」と5人で盛り上がっていたというのに。どこに行きたい、あれ食べたい!と大はしゃぎだったのに。


『すまないね、ニコラ』

『あ…いえ。殿下にお目通りなんて光栄です!』


 隣には困ったように笑うダスティンがいる。ニコラを家まで迎えに来てくれたのだ。

 予定ではステランが滞在するのはあと半月。それだけ耐えるぞ…!とこっそり拳を握った。



『待ってたよ!甘い物は好きかい?』

『ごきげんよう、殿下。はい、好きです』


 気を抜くと淑女の礼をしそうになるが、つまむスカートが無いのでなんとか堪える。習慣とは恐ろしいものだ。

 ステランの滞在する部屋にてお茶にする。座っているのはステランとニコラだけなので、若干居心地が悪い。


 本当に話し相手に呼ばれただけのようで…2時間ほど雑談して、この日は帰る。

 ステランは勉強のため、この国を訪れたとか。まだ若い王が統治する国で、学べることが多そうだとか。ウルシーラは外交に力を入れているので、快く受け入れたようだ。

 この国を出た後は、また別の国に…暫くツェンレイには帰らなそうだ。


 会話の中で初恋の人については、一切触れなかった。

 このくらいなら、呼ばれるのも大丈夫かな…と少し安心した。

 まさかそれから1日置きに呼ばれるとは、思いもしなかったけど!




「ふう。帰る前に…ロットに会いに行こうかな」


 一応ではあるが、付き合っているので。ラブラブだという噂を広めるためにも、行動せねば。

 ステランの部屋を出て、前も訪れた練武場へ足を運ぶ。ただそこには、数人の騎士しかいなかった。


「んん…?」


 その中にいつもの3人はいない。気になって近くにいた騎士に訊ねると…


「第1騎士団は今、見回りに行っているよ」

「そうでしたか…ありがとうございます」


 3人が所属するのは、第1騎士団の3番隊…だっけ?と思考する。

 会えなかったのは残念だが、こうして「会いに来た」という実績は残せたのでよしとする。




 家に帰ると丁度電話が掛かってきたようで、エリカが話していた。


「おかえりにーちゃん!今ね、はとちゃん(※ハント)から電話。代わってだって」

「え?ありがと。

 もしもし、ニコラです」

〔いた!よかったー!〕

「なにが?」


 電話の向こうでハントは、どことなくほっとした様子。


〔お前、暫く1人で街うろつくな!〕

「?そんなこと言われても…仕事もあるし」

〔仕事が終わったら真っ直ぐ帰れ!なるべく人通りの多い道でな!〕

「???」


 ニコラは全くついていけず、首を捻る。すると電話の向こうで喧騒が。


〔あーもう代われ!!

 もしもしニコラちゃん!?俺俺!〕

「ゼラくん?どうしたの」

〔あんね、最近首都内で…若い女性が失踪する事件が相次いでんの〕

「へえ、大変だね…無事だといいんだけど…」

〔他人事じゃないよ!?〕


 ゼラの話によると。

 被害女性は大体15〜25歳で、共通点として…いずれも美しいと評判の者ばかり。

 それで見回り強化してるのか…と考えた。でも、なんでその話をニコラにするのだろうか。


〔ニコラちゃんは(表向きは)男だけど、可愛いんだから心配なんだよ!〕

〔そうそう、勘違いされて拉致されるかもしんねえだろ!?だから買い物とかはアールに任せろ!それか俺らを呼べ!〕

「うーん…?まあ、エリカ達が平気ならいいや」

〔〔よくない!!〕〕


 受話器から大きな声が響き、耳がキーン…とする。

 はいはいわかったよ!と電話を切り、夕飯の席で妹達に注意をした。


「絶対知らない人についてっちゃ駄目だよ!」

「「「「にーちゃんがね!」」」」

「なんでー!?」


 だが逆に、弟妹から注意を受けてしまったのだった。


 それからというもの…帰りが夜になる仕事終わりは、必ずアールが迎えに来てくれるようになった。




『ねえニコラ。きみ…好きな人はいるの?』

『ぶっ』


 ある日。何度目かの皇子の話し相手をしていたら…ステランがそう言ってきた。

 どことなく視線に熱が籠っている気がして、すっと目を逸らす。


『…います…お付き合いしている方が…』

『………ふうん?』


 それ以上、会話は膨らまなかったけれど。

 若干怖くなったニコラは、ロットの元にダッシュした。



「相手がロットだってのは言ってないけど…」

「…………そうか…」


 ロットはキョロキョロとして…やや人の多い場所に移動して。わざわざ建物の陰に隠れた。


「?どうし……っ!?」


 そしてなんの前触れもなく、ニコラと唇を重ねる。


「ニコラ。きみの彼氏は僕だ。だから…誰に誘われてもきちんと断るんだ、いいな?」

「は…はい…」


 半ば放心しながら答えれば、ロットは満面の笑みになるのであった。

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