契約彼氏
「???」
『ニコラ。よかったら僕の話し相手として、またきみを呼んでもいいかい?』
『あ、はい』
『ありがとう』
皇子はにこっと笑ってニコラから離れた。
ニコラはなんで今キスされたのか分からず、頬を押さえながら頭上に大量の疑問符を浮かべる。
右を見れば国王が気まずそうに咳払いして、レイリアは若干頬を染めて口の端が震えていて。
左を見れば重鎮や騎士達がそっと顔を逸らして。
前を見ればツェンレイの騎士達が、「あちゃー」といった風に天を仰いでいる。
そして視界の端に映るロットが…唇を噛んで拳を握っていた。
皇子が上機嫌で部屋を出て行くと、沈黙が残された。
「……………」
ロットが静かにハンカチを取り出して、ニコラの頬を拭う。念入りに、ごしごしと。
レイリアが控えめに質問をした。
「……あの。今ステラン様はなんと仰ったの?」
誰それ?あ、皇子の名前か…ニコラはまだ呆けている。
「…えっと。皇子殿下の初恋の人物に、ボクが似ているそうです。
それとまた話し相手に呼んでいいか?と…」
「……そなたは随分とツェンレイ語が堪能なようだが。誰かに教わったのか?」
「ああ…はい。カンリルにいた頃に」
ニコラがカンリル出身と聞いて、数人は納得した。その2国は国交が盛んで、互いの言語を平民も、カタコト程度には扱えると噂だから。
ニコラはきちんとした教育を受けていたので、皇族にも失礼がないレベルなんだが…ウルシーラ人には違いが分からない。
「………そういえば。ツェンレイって…同性婚が、できたのかしら?」
「できますね。というよりか同性は…子供ができないから…愛人として最適って考えですが…
妻のいる貴族に、男性の妾が複数いるとかありますし」
「「「………………」」」
形容し難い空気が部屋を支配していたので、ロットが声を上げた。
「それでは用事も済んだようですし、我々は失礼致します」
「あ、ああ。では…また会おう…」
「はい…失礼します…」
ふらふらのニコラを、ロットが肩に担いで出て行く。
「…なんだったんだろ」
「……………」
「もう会いたくないなー…本当に呼ばれたらどうしよ」
「……………」
ロットが返事もせずに一心不乱に歩くので、ニコラは一方的に話す。
「無いとは思うけど、妾にされたらどうしよう。初恋の人の代わりに…なんて言って、ツェンレイに連れて行かれたら。女だったら尚更…
皇族に誘われたら…たかが平民であるわたしに、拒否権なんてないよぅ…」
「…………!」
王宮の門を目指していたけれど。ロットは周囲を見渡し…人気の無い建物の陰に隠れた。
そしてニコラを降ろして、両肩に手を置いて見下ろす。
「……ロット…?」
その目が少し、怖い…けど。
何故だろう。胸がドキドキしている。
「……………」
「っ!」
ゆっくりとロットの顔が近付いてきて。思わず目をぎゅっと瞑ると。
頬に温かいものが触れて…リップ音がして離れた。
「な……なな…んな…!」
「………………」
ロットは無言で顔を紅潮させている。ニコラも負けじと赤くなる。
「なんで…」
「………僕と、お前が。恋人同士だということにしたら…誘われても断れないか?」
「な…!?」
ウルシーラに同性カップルは普通にいるし、堂々としている。なので珍しくもないが…
結婚となると難しい。一応可能ではあるが…手続きがものすごく面倒なのだ。まず保証人も最低5人は必要だ。
なので内縁関係で済ませるカップルが多い。長男でないロットなら、お世継ぎが…など口うるさく言われることもあるまい。
「(皇族も、他国の貴族を無碍にはできないよね…)できるかも…けど。ロットを巻き込むのは…悪いよ」
「いいから。僕達は今から…恋人だ。いいな?」
「う…」
正直助かる提案だ。なので…ロットがいいと言うのなら、喜んで乗っかってしまおう。
「じゃ、じゃあ。これからよろしくね…彼氏さん?」
「!ああ…よろしく」
恋人なんて初めての2人。とりあえず握手した。
「(よし…!最初は演技でもいい。いずれ本当に恋人になってみせる…!)」
「?」
ロットはメラメラと燃えている。偽物でもいい…その間ニコラは、他に彼氏なんて作らないだろうから!
「ニコラ。その…れ、練習、しとかないか?」
「?なんの?」
「………キス…とか」
「んがっ!?」
「…あんまりギクシャクしていると、疑われるだろう?だから…」
「………………」
一理ある。それに…すでに1度している。
ならまあ…いいかな?長い人生、そんなこともあるよね…と思いながら小さく頷いた。
するとロットは顔を輝かせて、ニコラの頬を撫でる。
そうして膝を曲げて、顔を近付け…ニコラも目を瞑って、受け入れようとした…その時。
「うっ!?」
「?」
急に、ロットが離れた気配がした。
何事かと目を開けると。
「………さっきから何してんの?お2人さん」
ロットの首根っこを掴み、後ろに引っ張ったのは。額に青筋を浮かべて…珍しく怒った表情の…
「ゼラくん…?」
だった。
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