魔物


「こんにちは」

「いらっしゃーい」


 半月後。ロットがお菓子を持ってニコラ家を訪れると…

 ニコラは仕事でいないが、女の子達が裁縫をしていた。


「…何、作ってるんだ」

「にーちゃんの衣装!」

「?」


 どうやら…弾き語り用の衣装らしい。既製品にレースやリボンなど手を加え、とても華やかで可愛らしい、が。


「スカート…短すぎないか…?」

「このミニ丈が可愛いの!」

「……サーパって、足組んで弾くんだぞ?だから、その…見え…」

「「「ろんちゃん(※ロット)むっつりー」」」

「えっ!?」


 女子3人から冷ややかな視線を浴びせられる。アールだけが優しい目で肩を叩いてくれた。




 その頃のニコラ。いつも通りクランスと一緒に門番としてお仕事を…


「たっ、助けて!!」

「「!!!」」


 壁の外から助けを求める声がする。のほほんとした空気から一変、警戒態勢に入る。

 門に飛び込んできたのは、中年と青年の男性2人組。青年の方は膝をガクガク揺らし、涙を流している。

 会話ができる状態でないため、中年の男が声を発した。


「魔物が出たんだっ!!!」

「「えっ!?」」



 魔物とは…動物によく似た姿形をしているモノもいるが、根本的には違うモノ。

 ただの人間に太刀打ちできる相手ではないが、基本的に縄張りから出て来ない。

 そして数が増えすぎないよう、定期的に騎士団が駆除をしているのだが…まだその時期ではないはずだ。



 この男達は山に、薪になる木を探しに行っていたと言う。その時に恐ろしいに遭遇した。


「まさか魔物の縄張りに入ったのか!?」

「違う!出てきてたんだ、あ、あの…鋭いツノを持つ魔物が!!」


 それだけではどんな魔物か伝わらない、が。なんと…まだ孫が山にいると叫んだ。

 こういった非常時、通常であればしっかりと準備を整えて向かうのだが。緊急の要救助者がいるとなると話は別。


「ボクが山に行く!!クランスは隊長に報告と騎士団に通報お願い!」

「え!?いや、俺が…!」

「ボクの方が速い!!」

「っ!…気を付けて!!」


 ニコラは剣を握り締め、山を目指して全力疾走した。クランスは拳を握り、己の役割を遂行する。




「おーい!!!誰かいる!?助けに来たよ!!」


 子供の居場所が分からない、とにかく大声で呼んだ。そうすればこちらに、魔物の注意を引ける可能性もある!

 ガサガサガサ! わざと大きな音を立てて、子供とはぐれたという地点を目指す。


「確か、入り口から入ってすぐの…大岩を右に曲がって、ケヤキの木がある辺り!」


 その場にはいなかったが、何かが落ちている。拾い上げると…子供の靴だ。


「……っ!いや、血痕は無い。まだ間に合う!」


 靴は目印として、その場に置いて。剣を手に更に進む。

 弱い魔物であれば、なんとか逃げることはできるだろう。特別な鍛錬をしていない兵士のニコラには、倒せるだけの実力はない。


 それでも、幼い子供が危ない目に遭っているというのに。見捨てる選択肢は存在しない!!




 …………ぐす……



「!!!」


 今確かに、人間の声がした。どっちだ、どこに…!

 足を止めて深呼吸。目を閉じ…全神経を集中させる。



 ……たす けて……



「こっちか!!!」


 僅かな音を頼りに、草木をかき分け道なき道を走る。

 街を出てから走りっぱなしで呼吸も乱れ、顔や手に細かい傷が増えていく。それでも…足を止めることは決してしない。


 更にここで、森の動物を一切見かけないことに気付いた。熊なんかはともかく、野ウサギくらいはいてもおかしくない。

 何より…鳥の鳴き声すらも聞こえない。それはつまり、獣達にとって恐ろしい存在…魔物が近いことを示している。


「間に合え…!」



 一心不乱に走り、ついに…スピカと同じ年頃の、男の子を発見した。ただそこには、子供だけではなく…


「ハア、ハア…!なんだアレ!?」

「!!た、たすけてーーー!!」


 恐ろしく鋭い1本のツノを持つ、巨躯な馬のような魔物がいる。今まさに、子供めがけて突進しようとしていた。


「!!こっち、早く!」


 子供はニコラの姿に涙を溢れさせ、手を伸ばしたが遅い。このままでは…!



─いいですか。魔物に限らず、獣も人も…手負いの状態ほど恐ろしいものはありません。ですから確実に、一撃で葬るのです。孤独な戦いだったら尚更─



 脳裏に、昔教わった言葉が蘇る。だがあの屈強そうな魔物を一撃で倒せる自信はない。



─どうしても無理だったら…機動力を下げるのです。足を狙うか、翼があるならそれを斬る。動きが鈍った隙に、遠くから倒すか逃げるかしなさい─



 足…足!

 いいや、それでは目の前にいる子供は助からない。どうすれば、どうすれば!?

 魔物は頭を低くして、ツノを子供に突き刺そうと…そこだっ!!


 刹那の間に目まぐるしく思考して、剣を振り上げ。


「っらあああぁっ!!!」


 バギンッ!!

 魔物の…ツノを斬り落とすことに成功した。同時に、横から体当たりをする。


 魔物はそのまま突っ込んだが、少しずれて倒れた。間一髪子供は助かり、ニコラが叫ぶ。


「逃げて!!この道を真っ直ぐ!!」

「で、でも…!」

「早く!!!わたしはきみを守る自信がない!」


 その言葉に、子供は唇を結んで走り出した。幸運にも魔物は追いかけなかった。

 別の獲物が、残っているからだろうか。



「………………」


 ゆらり… 魔物は立ち上がり、座り込むニコラを見下ろす。ツノが無くても、その蹄が振り下ろされたら助からない。



 武器は無い。先程、ツノと一緒に折れてしまった。

 逃げることもできない。体当たりして地面に倒れた時、足を捻ってしまった。


 このままでは…死ぬ。


 いいや。死んでたまるか…!

 手に何か、硬いものが触れた。ツノだ。これを武器に…!


「ひっ!?」


 ツノを構える前に。魔物がニコラに顔を寄せた。


 喰われる…!もう、だめ…

 そう覚悟して、ぎゅっと目を閉じると…


「……?」


 フンフンフンフン…

 鼻息が耳元でしてくすぐったい。


 そろりと目を開けると…ものすごく、匂いをかがれていた。


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