自覚


 その日双子は荒れていた。というかハントが。


「っらあ!!」

「うわっ!?」


 模擬戦にて、相手に一切の手出しをさせないまま圧勝。それでいて終わったら、舌打ちをして背を向ける。


「おい次誰だ!ボサッとしてねえで前に出ろ!!」


「うわ〜…今日はいつにも増して機嫌悪いな」

「刺激しないようにしとこう…」



 そんな弟を眺めながら、ロットはベンチに座って剣の手入れ。


「ロット卿、ハント卿に何かあった…?」

「さあ」

「ふーん。朝食の席でもさ、コーヒー温いじゃねえか!ってキレ散らかしてたな」

「ああ」


 ロットと他の人との会話は、大体こんな感じである。


 そこへ…ゼラがのんびり練武場に入ってきた。途端に双子の目の色が変わる。


「おいゼラ卿…ちと顔貸せや」

「え〜?何々、なんで?」

「うるっせえな、黙って相手しろ!!」


 まずハントが大股で歩いてきて、模擬戦を申し込む。ゼラはなぜか背中を気にして…ロットに話し掛けた。


「おーい、ロット卿〜。弟暴走してるよ、いいの〜?」

「知らん」

「とのことですが…」

「「?」」


 何が?と双子のみならず、その場の全員が首を傾げたその時。



「おお〜!ほんとに2人共、ボクの前だとキャラ違うね!」

「「!?」」


 ゼラのマントをバサッ!と捲り上げ。後ろからニコラが現れた!

 なんでゼラは鍛錬なのに正装を、マント羽織ってんのかな〜?と数人は疑問に思っていたけれど、細い足が2本出ているのには気付いていなかった。


「な……に、こら…!?」

「はあい、ニコラでっす」

「………、……!!?」


 前に出たニコラは、上等な服を着ていた。誰が見ても貴族の子息であり、ゼラが用意したもの。

「あげる」ではなく「貸す」なので、ニコラも遠慮なくお借りしました。もちろんお下がりではなく、このために購入したんですけどね。

 王宮の警備は厳しいが、ある程度までは誰かの招待で入り込める。流石に王族の居住空間なんかは無理だ。


 ハントはニコラを震える手で指差し、口をパクパクさせている。

 ロットは目と口を大きく開けて硬直。色んな意味で混乱している。


「なんだその坊っちゃん?」

「あ、まさか噂の?」

「そうそう、双子のお気に入りのニコラくんでーす。最近は俺のお気に入りでもあります☆」

「初めましてー」


 ゼラはニコラの肩を抱いてお披露目。同じ隊の仲間達は興味津々で集まった。

 ニコラは大分前から覗いていた。なので大荒れのハントも、無愛想なロットのこともばっちり見ていたぞ。


 ちら…とニコラは周囲を見渡す。あの日、あの時。路地裏や…病室で顔を合わせた騎士はいなさそう。だからどうということもない…けど。



「…………はっ!?ニコラを返せ!」

「モノ扱いすんなよー」

「やかましい!敬語使え、年下のくせに!!」

「ボクも年下だよ?」

「お前はいいの!!!」


 ハントがニコラを抱き上げる。そんなハントも普段、別に年上を敬いはしない。「たった数年先に生まれただけで、偉そうに」とかなんとか。なので「どの口が…」と思っている人も多い。

 ただまあ、不機嫌だったのは一瞬で霧散した。昨日見たものすら忘れていそうだ、非常に単純な男なのだ。



「………ん?」


 ニコラを抱っこすると…背中に何か隠しているのに気付いた。


「なんか持ってるのか?」

「あ。ええとぉ〜…んへへ」


 ニコラは頬を染めて、困ったように笑った。ロットが後ろに回り込むと…昨日の店の、紙袋が…


「(……ん?なんで。あの後すぐに、ゼラ卿に渡さなかったのか…?)」


 まさか。彼へのプレゼントじゃない…?と、この辺でロットも違和感を覚える。


「ほれ全員散った散った!ニコラくんは双子に用があんのー」

「「?」」


 ゼラが騎士達を蹴散らし、ベンチの近くには4人のみ残った。ニコラは後ろ手でもじもじと体を揺らし…


「(うーん、おかしいな。何度もシミュレーションしてきたのにぃ…)」


 いざ渡すとなると照れくさい。でも、頑張ったし…!

 目をぎゅっとつむり、勢いで両手を前に出した!


「たっ、誕生日おめでとう!!これ、よかったら!!!」

「「え…」」


 突き出された2人は、思考停止した。だが…ニコラの手がカタカタと震えているのが見えて、正気に戻る。ロットがそっと受け取った。


「あ…ありがとう…知ってたのか?」

「ん…ゼラくんに、聞いた」

「「え?」」

「(言わなきゃよかった…ま、しょうがないよね)」


 なんでコイツは、俺/僕達の誕生日を知ってんだ?という疑問もあったが。単にゼラが、記念日とかに細かいタイプだからである。



 それより、反応が薄い。ニコラはぷくっと頬を膨らませる。開けてもいいか?と聞かれ、了承すると…


「あ…これ。僕に…?」

「これ…あん時の…」


 ロットには青いネクタイを。

 ハントには黒い手袋を。更によく見ると…


 それぞれ刺繍が施されていた。『ニコラ』…と。

 最初はそれぞれの名前を縫うつもりだったが。アールに「にーちゃんの名前がいいよ。にーちゃんに貰ったってわかるじゃん」と助言された結果である。



 あの時…会計を済ませて、嬉しそうに笑っていたのは。自分達が喜んでくれる姿を想像していたから…と、ようやく双子は考えが繋がった。


「(…リアクション薄いなー…)なんだよう、嬉しくなかっ…でえええっ!!?」

「に…ニコラぁ~…」


 まず動いたのは、ハント。滝のように涙を流している。


「ありがとぉ~…」

「(ほ、ほんとに泣いて喜んでる…!)どういたしまして~…」


 嬉しい、もうそれしかない。ぎゅっと抱き締めたいけど、怖い。なので…彼は泣くことしかできなかった。


 そんな彼を宥めるニコラ。その頃、兄は。



「………………」


 ネクタイをじっと見つめて…徐々に頬を染めた。


 嬉しい、なんて言葉じゃ表せない。

 あの倹約家のニコラが…弟妹以外には、自分にもお金を掛けないニコラが。


 最初はあんなにも、自分達に敵意全開だったニコラが。



「(あ…まずい。どうしよう…)」


 ドキドキと、胸が激しく鼓動して。顔が熱い…

 駄目だ、駄目だ…!彼女はこんな感情、僕に望んでいない。僕の役割はあくまでも保護者で、兄のようなもの。

 昨日、あんなに悲しかったのも…見てみぬ振りをしていたのに。


 今まで、何度も「違う」と自分に言い聞かせていたのに。


 好き…になって、しまった。なんて。絶対に言えない…!!


「あり、ありが、とう、ニコラ…」

「うん!」

「…………!」


 その眩しい笑顔も、ロットを更に深みにはまらせる。

 このままじゃ駄目だ…!とロットは話題を逸らすことにした。


「あ…っと!ニコラの誕生日はいつなんだ!?おっ、お礼もしたいんだけど!」


 それにはハントとゼラも目の色を変えた。合法的、じゃなくて堂々とプレゼントをするチャンス…!



 だが。


「あ、いいよ。一昨日だから。ボクもう16歳でっす!」

「「「は?」」」

「いやー2人と誕生日近かったんだね!びっくりしたよ~」

「「「ほあああああーーー!!?」」」



 お前それ、言えよーーーっ!!?

 男達の絶叫は、王宮中に響き渡った。


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