ニコラの秘密



 それからは慌ただしく過ぎる。

 まずお嬢様とやらが病室まで、ニコラに面会に来た。


「この度は本当に申し訳ございませんでした」

「あそ」

「お前、この方がどなただと…!」

「やめなさい!」


 お嬢様に一喝され、偉いっぽい騎士は不満気ながらも黙った。


「私はレイリア。この地に住まう方々の保護に参りました」

「なんで今更」

「え…」

「ずっと、ほっといた」

「…………」


 レイリアは言葉を詰まらせた。ロット以外のお付きの3人は「生意気だ!」「無礼な!」「助けてもらえる分際で!」と口々に罵った。


「やめろ!」

「なんだロット卿、こんなガキの肩を持つのか!?」

「……お前ら、路地、暮らせ」

「「「は?」」」


 内輪揉めをぼけっと眺めていたニコラ達だったが。いい加減うんざりしたのか…静かにキレている。



「水、好きに、飲め」

「やねのない家で、わらの上でねるといいよ」

「ごはんは5日にいっかい、みんなで小さなパンを分けてね」

「服はボロ切れで、風邪をひいたら死ぬんだよ」

「死んだ人間の懐を漁って。誰かに助けてって言っても、気絶するまで殴られて。他人の残飯を泣きながら食べて。

 ぼく達と同じ暮らしをすればいい。数年それで過ごして…ずうっとぼく達を無視してきた金持ちが、軽い感じで助けに来たわ〜とほざいて。

「なんで今更!この偽善者!!」と言わないでいられたら。ぼく達が間違っていたと謝るよ」



 痩せ細った子供達なのに、その迫力は騎士すらも圧倒している。手負の獣は恐ろしいのだ。

 騎士は気まずそうに俯いて、誰かなんか言えよといった風に腕で小突きあっている。


 どれだけ腹が立っても、施しはいらん、出て行け…とは言わない。子供達の安全が最優先だからだ。



「家。仕事。だけ寄越せ」

「自分達が住む家と、仕事の斡旋を望んでいるようです。それ以上は受け取る気はなさそうです」

「………わかった…わ」



 レイリアは唇を噛みしめて病室を出て行った。





 この国ウルシーラでは、5年前に王が代わった。それまでは民を顧みず、圧政を強いてきた王だったが。

 病気により他界、王太子が玉座に座る。彼は父親と違い、国民を大事にしたいと願った。

 だが、貴族間のゴタゴタが長引き…立場を確立するまでに、5年掛かってしまった。

 最近ようやく妹…王妹殿下のレイリアが先導して、慈善活動に本腰を入れるようになったのだ。



 ニコラはのちにそれを知るが。


 貴族の相手で忙しい?ばかばかしい。王女サマ直々に動かなくても、人を使えばよかっただろう。

 結局王女サマを使ってアピールしたいだけだろう、我が国は民を慈しんでいます!と。そんな建前は興味ない。


 と、一蹴してしまうのだった。






 それから1ヶ月が過ぎた。ニコラは腕も治り、みんな健康的に太ってきた。

 用意された家は、平均的な庶民の家。風呂はないので濡れタオルで体を拭き、週に2〜3回銭湯に行く。

 孤児院は子供達が嫌がったので、1軒家に5人で暮らしている。

 家事は分担、アールとエリカが特に頑張っている。



「じゃ、行ってくる」


 ニコラはこの日、初出勤。まだまだ細いが、充分働けると判断した。子供達に見送られ、職場を目指した。




 ただ、その職場というのが。街を守る兵士だったのだ。

 これはニコラも予想外。もっとこう…食堂とか、そういうのを想像していた。


「読み書きのできない平民なら、兵士が1番給料がいいんだ。書類仕事に興味があれば、同僚に教えてもらえるしな。

 4人を養うなら、ここを推薦する」


 家まで紹介状を持って来たのはロットだった。気付けば彼は、こうしてニコラの世話を焼こうとする。ニコラもロットに対しては、他の騎士よりは態度が軟化する。多分、どっちも気付いていないけど。


「…これ、男の仕事?」

「?当然だ。他国はともかく、この国で女性が武器を持つことはない。精々自衛の短剣くらいだ」


 ダイニングにて、ニコラはんん〜?と首をかしげる。向かいに座るロットも、つられて傾いた。



「……?オレ、女」

「………………………は?」



 突然のカミングアウトに、ロットは限界まで目と口を開いた。


 そう。ニコラは散々男扱いされているが…れっきとした女性なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る