追放された悪女の娘は異国で溺愛される

雨野

捨てられた子供達




 華やかな世界の裏には必ず、隠された部分がある。

 ここ大国ウルシーラも同じ。多くの人々が笑顔で行き交う世界と…そんな世界に捨てられた人が集まる世界がある。



 ニコラは捨てられた側の人間だった。

 悪臭のする不潔で危険な路地裏で、小さな子供達を守りながら生きていた。


「にーちゃん…お腹すいたあ…」

「……まってて」


 お腹を空かせた4歳〜11歳の、4人の子供がニコラを見上げる。

 ニコラは15歳で最年長として、彼らを保護していた。

 彼らは兄弟などではなく、ここで知り合った他人。それでも確かに、紡いだ絆がある。

 元々弱い人を見捨てられない性格のニコラが、子供達を守ることに「出会ったから」以上の理由なんてなかった。



「(今日はいい獲物いないかな。できればお金持ちのお嬢様…)」


 彼らは僅かな食料を5人で分け合う。それでも全員ガリガリに痩せていて、ニコラも骨と皮しかないように見えるほど。

 小さい子達は道に落ちている、何か売れそうな物を拾って。

 ニコラは残飯を漁るか、素早さを生かしてスリなんかでお金を稼ぐ。

 痩せ細ってはいるけれど、ニコラの容姿はとてもいい。その為捕まっても…容赦されることも多かった。相手がお嬢様なら尚更。

 稀にお嬢様は逢い引きなんかに、こういった人気の無い場所を選ぶのだ。



「(……いた、あれがいい…今日はツイてるぞ)」


 ニコラの視線の先に。ローブを羽織った若い女性がいる。

 キョロキョロと、客を探している娼婦にも見えるが。ローブから覗く服は上等な物だし、髪や肌は綺麗に手入れされている。

 どこからか迷い込んだのか?付き人や護衛は見当たらないのでそう判断した。


 まず道案内する振りをして近付く?「金を出せ」と脅して叫ばれるのはまずい。

 ニコラは目的のために手段を選ばないが、外道ではない。口封じや盗みのために人を傷付けるつもりは一切ない。溢れるほど持ってるもん少し分けてくれや、とは思っている。


 よし、行くか。決意して深呼吸…足に力を入れたその時。

 ニコラの視線の先に、風体の悪い男が2人。すぐ分かった、同じ目的だと。男達はいやらしく口の端を吊り上げている。もしかしたらお金だけでなく、女性の体も目的なのかもしれない。

 男達は外から来た人には気付かれない、建物やガラクタの死角に身を潜めていた。


「(まずい…獲物が!!)」


 このままでは横取りされる!女性が乱暴されるのを放ってもおけないので、仕方なく近くにあった木材を手にした。

 そして男達が女性に腕を伸ばした瞬間。


「そこのねえちゃ…」

「おりゃあっ!!」

「きゃっ!?」


 クリティカル!女性の腕を引いて安全を確保、まず1人を沈めてすかさずもう1撃。

 男達は声を上げる暇もなく、地面に倒れた。


「な…」

「……………」


 女性は男達よりも…薄汚い布を羽織って、腰部分を紐で縛っているだけのニコラに驚いた。ちゃんとした服が無いので仕方ないが、そこから見える骨が浮かんだ肌に引いているようだった。


 さて、どうするか。もういっそ、助けた礼として金品を要求するか。

 いやでも、男達と結託してると思われてもやだなー…とニコラは内心ため息。



「あ…あなたは…」

「ご無事ですかっ!?」

「!?」


 女性が口を開くのと同時に、複数の足音が近付いてくる。ニコラがそちらを振り向くと、なんと騎士が3人も。

 普段盗みなんかの悪行をしているニコラは青ざめ、木材を投げ捨て走った。


「あ!待って!」

「うわわっ!?」


 なのだが、女性が服代わりの布を反射で引っ張るものだから。布がするりと抜けてしまい、ニコラの上半身は紐だけという、なんとも変態的なことになってしまった。

 女性が「きゃっ」と手で顔を覆ったので、その隙に逃げ出すことに成功。直後背後から、「お怪我は!?」やら聞こえてきたのでもう大丈夫だろう。




 充分離れてから、その辺に転がっているボロ布を体に巻き。

 トボトボと、根城にしている廃墟に歩いて行く。結局この日、何も収穫は無かった。


「(もう…子供達は3日も食べていない。井戸だけは使えるから…水は飲めてるけど…)」


 このままでは…みんな餓死してしまう。こうなったら体を売るしか…こんなガリガリでは誰も引っかからないだろう。

 なら、それなら。このまま全員で死ぬくらいなら…とニコラはとある場所へ向かった。



 それは路地の奥、大きな木がある空間。ニコラは近くにあった石を手に、根元を掘り始めた。10分で、小さな箱が出て来た。パンパン、と土を払い蓋を開けると。

 小さいながらも、美しく輝く紫の宝石があった。ニコラがずっと持っていた…宝物。これだけは、手放したくなかったが。命には代えられない…箱にしまい、大事に抱えて立ち上がる。




「ほう、こりゃ上質なもんだ。どこで盗んだ?」

「盗む、違う。オレ、持ってた」

「はいはい、そういうことにしといてやるよ」


 路地裏にある胡散くさい質屋で、これまた胡散くさい初老の男は宝石をしげしげと眺める。


 ニコラが片言なのは、生まれがこの国ではないからだ。

 6年前、どこからか姿を現して。言葉も通じない子供が異国の地で、まともに働ける訳もなく。

 このペンダントだけが、唯一の財産だった。


「だがなあ…こりゃ高すぎる」

「は?」


 まだ言葉は不自由しているが、聞き取りは問題ない。店主の発言に眉間に皺を寄せた。


「ワシの全財産払っても足りねえってんだよ。こりゃ街の大きな質屋に行かねえと」

「……………」


 店主はそう言ってペンダントを突き返す。ここで嘘をついて二束三文で買い叩かない辺り、まともな商人ではあるけれど。

 そんな、行ける訳がない。服も無い、薄汚い、こんな自分が…華やかな世界になど。


「もういい」


 唇を噛み締めて店を後にする。宝石を持っていても…綺麗なだけの石なんて、眺めていても腹は膨れない。込み上げてくる涙を乱暴に拭き…再び地面に埋めた。



 外には出られない。門に兵士がいるから、出てしまったら怪しい子供なんて入れないのだ。

 そのため山に入って木の実を探す…それも無理。


 ニコラが生き残る道は1つ。子供達を見捨てて、街を出ること。

 いいや…出来るんなら最初からやっている。結局この日も水で腹を満たし、5人くっついて眠った。



「……おやすみ」


 明日こそ…きっと。毎日同じことを願いながら、先の見えない日々は続く。

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