キャヴァルリック・ゲーム ~東京騎士道物語~
サンダーさん
プレリュード ――拡張現実×騎士道物語
『副将戦を開始します。騎士達は前へ』
かしゃり。鉄の踵が鳴らす規則的な足音。
暗闇の中に青い正方形の試合コートが浮かび上がっていた。その真ん中に、中世ヨーロッパを彷彿とさせる鎧を着こんだ二人の騎士が対峙している。
ライトアップされたフィールドを取り囲む観客席は暗闇と沈黙に包まれていた。唯一存在を許されているかのように、煌びやかな甲冑に身を包んだ二人は握手を交わす。
一人は長身の偉丈夫、もう一人は金髪混じりの黒髪で幾分か小柄な体格か。
あどけなさが残る顔立ちだが、無機質な灰色の瞳が印象的だ。
彼らの足元を赤い可視光線が魚群のように走っては消失する。
『フィールドスキャン終了、システム同期完了。試合開始の準備をしてください』
鉄兜を被る対戦相手を見て、金髪の少年――
こめかみに張り出した基部を指で小突くと、シールドにホログラムが投影され、視界が虹色に瞬く。
瞬間、深海のような青一色だった試合コートは一変し、皐月は荒涼とした世界に立っていた。
足下はひび割れた石畳で覆われ、視界の端で燃えがらが煙を燻らせる、戦下の街を彷彿とさせる景色。
しかし、それらは全てが
皐月が腰に携えた片手剣をずるりと抜くと、対面の騎士も同じように得物を構える。
≪
試合開始を告げる表示。耳朶を叩くブザー音に焚きつけられるように地を蹴った。
鋼の刃がかち合う。
「はあッ!」
皐月より上背のある相手騎士は、兜の格子の隙間からぎらついた眼光を覗かせていた。
瞳が交錯した次の瞬間、皐月の視界にぼんやりと薄い赤が滲む。
――あかいいろ。
相手騎士の身体を覆う色に皐月は身体を無意識に動かした。
直感で突き出した剣は、相手の切っ先をいなすようにすり抜け懐を抉る。
「くそ!」
吐き捨てるように後退する相手騎士。プレートに覆われた脇の下からはARのエフェクトが血しぶきを噴出させた。
皐月が心で見た『あかいいろ』と異なる、会場全員が視認できる拡張現実のエフェクトだ。
「二年が調子乗んなよ!」
大柄の身体で突進をかけるが、直情的になった攻撃は先刻より躱すのは容易だ。
頭上の持ち点を示すバーは皐月のカウンターがヒットする度に短くなっていく。
数合の後、呆気なく勝負は決まる。
『副将戦、終了です。選手はコートを退出してください』
こめかみを小突くとデバイスの同期が終了した。
展開されていたARは全て消失し、皐月は元居た青一色の試合場に佇んでいた。
「お疲れ。本当に強いのな、お前」」
コートを降りる所で男子生徒が声を掛けてきた。所属する騎士道部の先輩だ。
肩から首元まで覆ういかめしい銀の甲冑は、皐月の装備しているモデルよりも遥かに重装。
会釈を返しつつ、コート頭上に浮かぶホログラムのスコアボードを確認する。
中堅戦まで負けかけていた試合は五分へと戻っていた。次の一戦でこの試合の勝者が決まる。
「あー。俺がラスワンかあ。ぜってー無理だって」
「勝てますよ、根岸さんなら」
言われた根岸は本当に面白くなさそうに肩を竦めた。
「お前が完封したあいつ、去年の個人戦ベスト8だぜ? 怪物相手に無双しといてよくいうぜ」
「騎士道競技は最後の一戦までわかりません」
「気休めにもなんねえっつーの」
ぼやきながら根岸は皐月と入れ替わりにコートへと向かって行く。
「なあ。そういや久条ってさ。何で上級生を『さん』で呼ぶんだ?」
ふと、壇に足を掛けた所で、根岸は振り返った。
「昔いた学校の、その時の名残かもしれないですね」
「あっそ。強豪校の独特な伝統ってやつか?」
「じゃあ先輩って呼べばいいですか?」
抑揚なく皐月が答えると、根岸はばりばりと後ろ手で首の後ろを掻いた。
「そういう意味じゃねえって。なんかむず痒くってしょうがないっつーか。ま、いいや」
根岸がようやくコートに進んでいくのを見送りながら、皐月は自分の頬が笑みを作っていることに気づいた。
今までならば、試合の最中にこんな顔をした事があったか、ふと考える。
「おかしいな」
踵を返すと、一人の少女がこちらに向けて手を振っているのが見えた。
「きっと、あいつのせいだ」
皐月はぎこちなく少女に向かって手を掲げ、それに応えた。
「お疲れ様、久条君」
アイスブルーに輝くブロンドをサイドで結わえた少女が、タオルを胸元に携えて皐月を出迎える。
一際目を引く髪の色だが、AR投影デバイスは試合を終えたと同時に電源落としていた。
つまり、目の前の彼女の髪は拡張現実に虚飾されない本物の色彩。
「根岸先輩、やる気みたいだね」
「どうだか。負けた時の言い訳を探してる男の顔だったね、あれは」
受け取ったタオルに顔を埋めると、微かに石鹸の香りがした。
「関東八位相手にすごい立ち回りだったよ。流石は強豪校出身者」
「その言い方、嫌味っぽく聞こえるんだけど」
少女は悪戯っぽい笑みを浮かべながらコートの方に向き直る。
同じように視線を向けると根岸が剣を身体のあちこちに当ててセンサーの反応を確認している所だった。これが終わればARデバイスの同期が完了し、大将戦は始まる。
「ねえ、試合楽しかった?」
気づけば少女はじっと皐月を見つめていた。
天井からの光を蓄えた瞳の奥には
「まあ……うん、楽しかったかも」
そう言って顔を背けた先、試合コートは四隅から投射される光の筋でスキャンを終える。
ARは丁度、崩落した城門を投影した所だった。
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