【超短編】はじめての体験

茄子色ミヤビ

【超短編】はじめての体験

「あなたは心配じゃないの?!まだ七歳なのよ?!」

「でもさ」

「でもじゃなくって!海外ではあのくらいの子を1人で歩かせるなんて考えられないのよ!」

「…一駅向こうに行くだけだよ。お義父さんも迎えに来てくれるし。それにほら!持たせた携帯のGPSもちゃんと動いているしさ…なにより君も納得してくれてただろう?」

 息子のカズユキがお気に入りのリュックを背負って家を出たのは5分前だ。

 今からでも付いていきたい気持ちをグッと堪え、地図上でピコピコと光るカズユキを見ながら今も僕と妻は喧嘩している。

「本人の意思を尊重したいって言ってたのは誰?」と言うと妻は不機嫌そうに黙りこくって、乱暴にソファーに腰を落とした。

 僕だってもちろん心配している。

 しかし過剰な干渉は良くないと、妻ともよく話し合って今回の『初めての冒険』にGOを出したのだ。

息子は贔屓目に見なくとも同年代の子供に比べてしっかりしている。

アクティブな義父と遊ぶことが多いせいか運動は人よりも出来て、言いつけをとにかく守ろうとする。そして守れなかったときもキチンとした理由を説明し、その行動原理のようなものも、言葉足らずながら説明しようとするのだ。

(カズユキは楽しそうだから良いけど…お義父さんは…どんな風に遊んでくれているんだろう…)

 僕はふと壁に掛かっている時計を見た。

 お義父さんが結婚祝いに送ってくださった立派な掛け時計だ。

 そんな立派でどっしりとしている時計は、僕が先程見たときから針が一つしか動いていない。僕も妻のことを言えないかもな…。


 久しぶりに孫が遊びに来た。

 隣駅に住む娘婿と入念に打合せをし、1人で遊びに来させたのだ。

 やはり子供に『冒険』は必要であり、親にとってもそれは必要な儀式だ。

 ワシもそうだが子離れというのは親が意識的に行えば上手くいかず。子供からしたって親離れのための行動は意識して行うものではない。

 結果的に『子離れ』『親離れ』をするのがベストであり、それには『冒険』が、お互いにとって丁度良い切っ掛けになるのだ。

 しかし娘は立派な男を選んだものだ。

 あいつは少々心配性のきらいがある。

 今回騙すといってはなんだが、娘のツボを分かっているワシが計画を立案し、孫を1人でワシの家に向かわせる作戦を婿に伝授したのだ。

 無論サポートにぬかりはない。

 事実バイバイと駅の改札で手を振る孫を見送っている現在まで、トラブルは何1つ無かった。

 唯一計画とズレてしまったのは、別れが名残惜しかったワシが孫を引き止め車の中で話し込んでしまい電車を一本遅らせてしまったことくらいか。

 去っていく孫の背中を見ながら(どこかで振り返ってくれないかと期待を込めたがそれは叶わなかった)今日のワシの行動内容を振り返る。

 

 実にパーフェクトだった。

 

 孫が以前から来たがっていたワシの職場見学と食堂での食事。

 食事は満腹度と満足度を兼ね備えた注文内容であり、あらかじめ仕込んでおいた部下との会話で『威厳はあるがユーモアも兼ね備えた祖父』を演じることも出来ただろう。

 実際、孫は実にキラキラとした目でワシを見ていた。

「おっと…いかんいかん」

 と、今日の思い出は帰ってから噛み締めよう。

 ワシは懐から衛星電話を取り出し部下に指示を出す。

「こちらJCN、こちらJCN。目標はBパターンで帰宅中。駅の監視カメラより目標は現在13位置のベンチに座っているのを確認している。車掌ハマタニは停車位置より20m前で停車中か?」

「はい」

「よし、指示通り安全を最優先だ。繰り返す、安全が最優先だ。最後方車両に待機中のデルタ部隊は直ちに下車。電車を押して対象位置まで電車を移動させろ。繰り返す、安全最優先。安全が最優先だ。ホームで待機中のアルファは情報共有のメイン・サブ回線の通信状態を確保した状態で次の指示を待て。以上」

 部下の溜息が最後に聞こえた気がしたが、今日は機嫌が良いので許すとしよう。ワシも随分と丸くなったものだ…


『ねぇ!あの子遅いんじゃない?!』

『いやいや、5分くらいだよ…ほら今も駅にいるし。もう帰ってくるって』


 端末を操作すると、娘夫婦がリビングで喧嘩する姿が見えた。

 月でも受信できるほどの出力を誇るものだから、掛け時計のサイズが少々大きくなってしまったのは仕方ない事だ。

 しかし、この婿の発言内容は見過ごせんな。

「なんじゃ…5分も遅れておるのに大丈夫だと?これは少し灸を据える必要があるな」

 と、ワシは我が隊への体験入隊の申し込みを婿の名前で完了させた。

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