スナック みか
ぐり吉たま吉
第1話
年老いた男は、久々に街へ出た。
昔良く通った中区の街では無く、住宅街の多い保土ケ谷の街である。
横浜の中区や西区ほどの繁華街ではないが、それでも人が行き来する。
男はあまり目が良くなかったが、歩く位はなんとか歩ける、近くなら、人の表情もなんとか見えた。
たまに酔った人にぶつかるがすぐさま頭を下げ、事なきを得、とぼとぼと歩き出す。
スキンヘッドにサングラス。
ちょっと見は胡散臭いが男は大人しく、俯向き加減でいつもの居酒屋を目指す。
しかし、この日は、少し違った。
何かに引き寄せられる様に、いつもの道から、途中で右に曲がった。
一本曲がっただけの通りなのに、地元住民の男でも、知らない店が並んでいた。
通りの外れに差し掛かると、丁度看板を外へ出していた、若い女が見え、電気を灯すと店の中へ入っていった。
看板へ近づくと文字が読めた。
スナック みか
男はみかと言う名前を見て、昔を思い出し、扉を開けて、店に入る。
「いらっしゃい。初めてのお客さんですね?」
「うん、いいかな?」
「もちろんですよ。こちらの席へ…」
「いや、ひとりだしカウンターでいいよ」
「助かりますー」
男はカウンターの端に腰を掛けた。
「初めてのお客様じゃ、もし混んできたらカウンターへ移動をお願いって、言いにくいでしょ?最初から、そう言ってくれるから、有り難うございます」
店の女はカウンターの中で、笑顔で言った。
「お客さん、何飲みます?」
「そうだね、ウィスキーの水割りで…」
カウンターの上に、お通しと水割りが置かれた。
男はひとくち飲んで、話し掛ける。
「ママでいいのかな?」
「ママでもミカでも良いですよー、お客さん、近くの人?」
「うん、そうだけど、この店は分からなかったなぁ…」
「今年の4月から開店したんですよ」
「9ヶ月も知らなかったんだな…ママは、ミカって言うの?」
「ハイ、ミカでーす!」
「あはは、元気がいいね」
「いつもひとりでやってるの?」
「予約が入って忙しい日は、友達に頼んで入って貰うんだけど、最近は私ひとりで何とか出来ちゃうから…」
ミカは一瞬寂しげな表情を見せるが、すぐに笑顔で男に話す。
「今日も多分ひまだから、お客さん、ゆっくり飲んでいってね」
ミカのちょっとイタズラっ子の様な表情に、男は思わず微笑んだ。
「ねぇ、ママ…今日やっと見つけてくれたよ…ママが大切に見せてくれた写真の人…ママが唯一愛した人だよ…」
店を閉め、部屋へ戻ったミカは亡き母のミカへ話し掛けた…。
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