二番目な僕と一番の彼女 後日譚 ~とある青春群像劇 - クインテット~
和尚
第0楽章 前奏曲
第0楽章 1節目
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まえがき
『二番目な僕と一番の彼女』の後日譚です。
よろしくお願い致します。
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一人の人間の世界が変わる瞬間を見たことがあるだろうか?
まさに今、
「ねぇ、僕もさ、イッチーって呼ぶことにしていいかな?」
「勿論、じゃあ俺はハジメって呼ぶからな」
二人の
ただそれだけのはずなのに、何故か、どうしようもなく眩しく感じられた。
(はっ、野郎どもが仲良いのを見て、何が眩しいだか)
自分の中に沸き起こったこの感情を誤魔化すように、内心でそう
ただ、眩しいかどうかはさておくとして、やはり目の前の男は凄いやつだと思った。
この一見して圧倒的に普通に見える男は、さも当たり前のように自分の足で立ち、自分の頭で考え、そして行動している。
いや、当たり前ではあるのだろう。いつかは、誰もがそうあるべきだ。
だが、大人だとか子供だとか、そういう括りで分けられる以前にハジメのような人間を、真司はあまり知らない。
誰に頼るでもなく一人で、やさぐれることもなく、荒れることもなく、内にこもる事もなく、ただそこに在るように。
普通ではない環境の中でも、ただ普通であり続けられる芯の強さは、真司にとっては好ましいものだった。そんな彼が、唯一何かに縛られていたあの閉鎖的な環境でも、そして今この場でも、何かを変えたのであろうことは祝福すべきことだ。
「……ハジメ、お前は凄ぇやつだよ」
「急になんだよ? というか、何でも出来るお前に凄いって言われると嫌味にすら聞こえるな……まぁありがたく受け取っておくよ」
真司がそう心から呟いているのに、ハジメは気づいてはいないだろう。
だが、それでいい。
この目の前の友人と思える男はそれでいいと思う。
そして、そう思った自身に笑いがこみ上げる。
『珍しいですね、貴方が誰かのために動くのは』
『真司、何か最近変わったねぇ、とってもいい方向に。あたしが理由じゃないのにはちょっと妬けちゃうけど嬉しいよ』
どちらも、最近言われた言葉だった。
変わった、か。自分にもまだ変わるなんていう熱があったとは。
真司は物心が着いた時から、望めば何でも手に入れられた。
親から受け継いだ容姿に能力、受け継ぐことになる権力に財力。
長く続いた、家というものから与えられるものと、家というものに対して課せられる義務。
人には生まれ持っての分というものがあると教わって育ってきた。
親ガチャという言葉もあるほど、自分自身にはどうしようもない生まれというもの。
それは親だけではなくて、生まれる場所でもそうだ。
この国に生まれて、平和にどこででも美味しいものが食べれて、行こうと思えばどんな国にも行ける、さらにその中で上位と呼ばれる家に生まれる確率はいかほどのものか。
そんな、客観的に見ると明らかに恵まれた運を持って生まれた真司は、その恵まれた人生の中でどうしようもなく乾いていた。
何を望んでも手に入ってしまうのであれば、望むことに果たして何の価値があるというのか。
『お前は兄とは違い、傑物と呼ばれた父、お前にとっての曽祖父にそっくりだ。能力的にも容姿としても申し分ない。家はお前が継ぐがいい』
いつまで経っても退かない爺共に気に入られれば気に入られるほど、何かを望むことのできる手の長さが伸びて、そして同時に逃れられなくなっていく。
相澤という家においての駒としての自分。最高傑作とやらで評される作品としての自分。虚しいだけだった。
羨ましがられるほどに、尊敬なんて念を抱かれるほどに、比例するかのように虚無が増していく。
――くだらぬ罠に掛からぬようにと、親に女をあてがわれた経験はあるか?
――くそったれな大人達がこぞって寄ってくる中で、取捨選択をテストとして迫られたことはあるか?
――失敗した結果、人の人生を詰ませたことはあるか?
――まるで教材のように人を扱う親の様子を見て、そしてそれを当たり前として育てられたことはあるか?
――何でも出来るのに、何も出来ないような気持ちに囚われたことはあるか?
目の前の眩しさをよそに、思考が沈んでいく。
「あー! まーた難しい事考えてるでしょ! 若いうちから眉間にシワ寄せてると、知らないうちに眉毛と眉毛の間に溝ができちゃうんだからね!」
だが、そんな言葉と共に、背中に柔らかな膨らみが押し付けられて、力強く抱きしめられる感触があった。その声と温もりに、思考の海に沈みそうになっていた真司は引っ張り上げられる。
「佳奈、か」
「むむ……? 後ろからこうして抱きつく心当たりが他にいるとしたら、それは由々しき事態だよ?」
真司の言葉にそう笑って、抱きついた体勢から離れた佳奈を振り返って見る。長身の真司が少し見下ろすような場所に、恋人の顔があった。
ムラなく金色に染めた長い髪、少し濃い目のギャル風メイク。とても頭がいいとは思えない外見に、少し抜けたような喋り方が拍車をかけている。自己学習で大検を取って、それなりの大学に通っている大学一年生だから頭はいいはずだが、それを知ってもなお、笑っている顔から知的な女子大学生感を感じられるかというとそんな事はない。
しかし、そんな佳奈の、こうして目尻にふわりとした柔らかさを漂わせた笑みが、真司は嫌いではなかった。
◇◆
昔から、真司を見て、そしてその後ろの家を見て、色んな女が寄ってきた。
真司は誰でも受け入れるし、誰も求めはしないスタンスだ。子供が出来るようなヘマだけはしないように気をつけて、適当に遊ぶ。
そうしている内に、決まって、「私のことなんて興味ないよね」という言葉と共に勝手に去っていくのが常だった。
そんな中で、一つ前の、名前も忘れつつある女性にも同様のことを言われたある日、佳奈は突然やってきた。
「あらま、人が人に振られたところ、初めて目撃しちゃった……ごめんねぇタイミング悪くて」
「…………いい、別に見られたからとどうということでもない」
「わぉクール……ってかキミ、噂のバスケの高校生の男の子か、聞いてた通り随分とかっこいい顔してるねぇ、大学でちらっと噂になってたよ…………でも」
「何だ?」
佳奈のいかにも今考えています、という素振りにそう言ったんだったか。
あの時、無視してすぐ立ち去っていればどうなっただろうかと思う。
だが、過去の真司はそうはしなかった。
「うーん、随分と寂しそうだなぁって。もしかして興味ないって言われたの、嫌だった?」
「別に」
何度言われたかもわからない言葉だ。
どうでも良かった。
「うんうん! そうだよねぇ、勝手にやってきて、勝手に大騒ぎして、勝手に興味ないよね、でバイバイは嫌だよねぇ!」
「……べ・つ・に、と言ったんだが、話を聞かないやつだな」
だが、目の前の女にはたった三文字すら伝わらないようだった。それとも話を聞いていないだけなのか、そう思って再度繰り返した。
「よし、じゃあこうしよう! お姉さんがキミの彼女になってあげよう! どうだ、これで寂しくないねぇ」
おかしい。日本語が成立していなかった。
「…………お前は実は日本語が不自由なのか? 別の言語で話した方がいいか?」
「言語? あたし英語はあまり得意じゃないんだよね、後は、韓国語は今見てるドラマで勉強中! ね、あたしは佳奈、
キミの名前は、というように、佳奈と名乗ったギャルがこちらに目を向けてくる。
咄嗟にその瞳を覗き込んで、それがあまりにも真っ直ぐで綺麗だと思ってしまったから――――。
「…………真司だ」
真司は言おうと思っていた文句を飲み込んで、名前だけ告げていた。
来るものは拒まない、去るものは追わない。
自由と思われるような髪型で、自由と思われるような服装で、自由と思われるような態度で。
どうせいつかは離れて、いつかは決められた路線の上なのだろうから。
そんな風に思って、そこから季節が変わっても、何故か佳奈は変わらず真司の近くにいた。
佳奈は共にいる以外は、物質的な事は求めない。
でも、あれをしたいとか、これをしたいとか、どこかに行きたいとか、共に何かをすることに関しては素直だった。
◇◆
「ハジメっち! 後、イッチーくん?」
そんな佳奈が、目の前の二人に声をかける。
「カナさんどうしたんです? あ、イッチー、こっちは真司の彼女さん」
「え? やっぱり相澤まで彼女いんの? 俺だけじゃん、彼女いない男子」
「……いや、それをイッチーが言う? 世の中の彼女いない男子に聞こえたら刺されるよ?」
「いやいや、南野と堂々とイチャイチャしてるハジメがそれ言う?」
二人の馬鹿な佐藤が馬鹿な会話をしていた。
「ほらほら真司! そんなところで黄昏れてないで二人の仲間に入ってきなよー! いいじゃん高校生トリオのチームで!」
そこに向けて背中を押すようにして、佳奈が真司を二人のもとに追いやる。
沈みそうになっていた思考の影は、もうそこにはなかった。
「何なんだ……ったく」
「じゃあ、俺はイッチーな、そっちのことも真司でいい?」
「うわぁ、その距離の詰め方は、完全に陽のものだよね、イッチー」
あれだけ二番だなんだと言われていた二人が、当たり前のように対等にやり取りをしているのを見て、真司は何故か笑いがこみ上げるのを感じる。
「……くくっ、あぁ、真司で構わねぇよ。イッチーとハジメだな、まぁ佐藤って呼ぶよりは大分いい、じゃああっちのおっさん共に若手の力でも見せてやるか」
「なぁ、そう言えばこれって何か賭けんの?」
「そうだな、おっさんからジュースを巻き上げる程度だな」
イッチーに改名した佐藤の疑問に、聞こえるように真司がそう言うと、「何だと? 女連れの高校生に負けてられっかよ」と挑発に乗りやすいおっさん共がわらわらとコートに出てきた。
それを見て、二人を見て、そして少しだけ佳奈を見る。
佳奈は微笑んでいた。こんな時だけ年上の女性に見えるのが
ふん、照れ隠しのように息を吐いて、真司はコートの真ん中に向かっていった。
悪い気分では、ない。
そう、思った。
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