不利でも引けない

 ウィリスの爪をかわしつつ、短剣を繰り出す。

 当たらない。まったくかすりもしない。


 ウィリスの爪も今のところ俺を捕らえ損ねているが、きわどいかすめ方ばかりをする。


 きっと俺は一度攻撃をクリーンヒットさせるのも奇跡に近い。だがウィリスは俺の動きに慣れれば爪を俺の体に食い込ませることができるようになるだろう。


 時間をかけてはいられない。


「破壊を阻止する力を、『崩壊の赤眼』」


 HPを削るスキルだが攻撃をあてないことには勝利はない。


 ウィリスの体に点々と広がる赤い弱点と線。これのどこかに深く剣を突き刺し、あるいは切り裂くことができれば。


 ウィリスの脇腹の致命の点に短剣を突き立てる。

 やった、と思ったのも一瞬のこと、ウィリスの爪が胸をえぐった。

 どう見ても、俺のダメージの方が大きい。


 飛び退って追撃を免れる。

 ウィリスを見ると、ゆっくりと腹の傷がふさがっていっている。


 そういや、こいつ自動回復みたいなスキルを持ってたっけな。なるほどそりゃ一対一じゃハンデがありすぎるっていうわけだ。


「彼の者の傷を癒せ、『治癒の流れ』」


 リンメイの強力な回復魔法をかけてもらって俺の傷もふさがる。


 短期決戦は、無理だな。


 ……明らかに不利だ。けれど引けない。勝てなくとも、ウィリスにダメージを与えておいて、後で戦うパーティが苦戦しないようにしておきたい。


 ウィリスだって無尽蔵にMPや闘気があるわけじゃない。粘って、少しでも消耗させてやる。


 回復はパーティに任せて、俺は攻撃を命中させることに専念した方がよさそうだな。


 それから、俺とウィリスは血みどろの戦いにもつれ込んだ。

 俺が攻撃重視に切り替えたことで、ウィリスも傷の回復に気を取られることになって攻撃が少しだけおろそかになった。


 とはいえ、元々ヤツの方が適格に攻撃を当ててきているから、それでやっと五分五分、いや、それでもやつの方が有利と言ったところだ。


 俺の体に何度もウィリスの爪が傷をつけていく。そのたびにリンメイや亜里沙が回復魔法をかけてくれているからどうにか倒れずにすんでいる。

 一対一と言いながらすごく不公平な戦いをしていると思う。だが、引けないんだ。


 ウィリスの爪が腹に深く食い込んだ。傷口から血がしぶいて、口の中にもこみ上げてくる。

 悲鳴を残して床に膝をつく。


 とどめとばかりに近づいてきたウィリスは、少しほっとした様子だ。

 今だっ。


「一陣の風となれ、『縮地』」


 移動系スキルでウィリスの背後へ。


「落ちて砕けろ、『流星落とし』」


 巨体となったウィリスを抱え、上空へ飛び、真っ逆さまに落ちて叩きつける。


 ダメージは大したことないだろう。だがほしかったのは、ウィリスが体を起こして立て直すまでの時間だ。

 魔力を練り上げ、右手に集中する。


「業火にのまれろ、『炎竜波』」


 炎となった魔力を撃ちだした。

 立ち上がったウィリスに炎の竜が絡みつき、縛る。


「ぐおぉぉっ!」


 身を焼かれたウィリスが咆哮をあげる。激しく身もだえた後に、床にどうと倒れた。

 床に横たわるウィリスは呻きながら体を起こそうとするが、ままならないようだ。


 ……勝った、のか?

 いや、油断ならない。


「ふ、やるな……。だが、まだだ」


 体を大きく震わせて、ウィリスは上体を起こした。ヤツの皮膚のやけども、焼け焦げた毛皮も、さっきより早く回復していく。

 まずい、このチャンスを逃すと俺に勝ち目はない。


「ああぁぁっ!」


 腹の底から声をあげ、ウィリスに短剣を突き出す。

 MPを消費し、『崩壊の赤眼』の追尾を発動させる。

 切っ先が、ウィリスの腹を捉える。

 ためらいなく突き立て、さらに奥へと刺し貫く。


 ウィリスの爪もまた、俺の肩を貫き、えぐる。

 激痛に絶叫があふれる。

 ウィリスと俺は、同時にひざまずく。


 顔をあげると、ウィリスの顔が近くにある。狼の顔だが、表情は判る気がする。

 なんとなく、満足しているんじゃないかって気がするのは、俺の希望がそう見せているからだろうか。


「おまえの覚悟、受け取った」


 ウィリスが言う。

 ヤツの怪我は、……治っていない。もう治すだけのMPも闘気もないんだな。


 ウィリスの姿が、人へと戻っていく。だからといって怪我が治るわけでもなく このまま放っておくと致命傷になるな。失血死は免れないだろう。


「ほら、治療薬だ。襲った人数分以上にあるはずだ」


 ウィリスが異次元収納ボックスから瓶を出してきた。


「……ありがとう」


 こういう場合、礼を言うのはちょっと違う気がするが、律義に亜里沙との約束を守ってくれたのはこいつの善意だと受け取っておく。


「なぁ、いろいろと聞きたいことがあるんだ。ついてきてくれないか。悪いようにしないから」


 リンメイに肩の傷を治してもらいながら、ウィリスに申し出る。


「ここで聞きたいことを聞けばいい。だが、おまえ達の本部には行かない。連れて行くというなら、自ら命を絶つ」


 ……さすがに甘い提案だったか。


 俺がミリーを助ける覚悟を固めたのと同じ、いやそれ以上に、ウィリスはウィリスのやり方でミリーを守っているんだな。

 だったら、ここで聞き出せることを聞くしかないのか?


 俺が迷っている間に、亜里沙達がウィリスに質問を始めた。

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