分かたれた道の先はあまりにも違い過ぎた

 呼び出し先の交差点は、当然、他の人や車も行き交っている。

 こんなところで何かをしようとは思えないが……。


「あ、これ」


 亜里沙が電柱を指さした。

 地図だ。筆跡が、今俺らが持っている地図と同じだな。


「見張られてますね」


 ヘンリーの小さい声にうなずく。さっきから視線は感じてた。


「俺らが何人で来るのか、見張ってるんだな」


 で、次は?

 やはりちょっと辺鄙な場所だが交差点みたいだ。


 そうやって誘導されること二回。

 次の場所は、……学校? いや、学校だったところだな。

 なるほど、次でいよいよご対面ってことだな。


 俺らの読み通り、体育館だった建物の中で、ミリー達が待ち構えている。


 むこうは、ミリー、牧田、ラファエル父と、江崎だ。


 牧田は無表情だ。吸血鬼化していてあるじはミリーだろうな。

 同じく吸血鬼化していると見て取れるラファエル父は、奪った魔導書を手に満足そうな顔をしている。元々あの親父の持ち物だっけ?

 江崎は、すでに鎧で武装している。顔もほとんどが鎧に覆われていて目しか見えないが、感情が読み取れない。

 そしてミリーは、俺を見てにやっと笑う。


“どう? 知り合いが死んでいきそうになるさまを見るしかできないっていうのは?”


 見るしかできないわけじゃないが今のままじゃ全員を助けられないから、そこには言及しないでおく。


“こんなことをして、満足か?”


 俺の答えが予想と違ったのだろう。ミリーは笑みを引っ込めてつまらなさそうな顔になった。


“別に。満足とかじゃないわ”


 俺らを、主に俺を困らせて満足なんじゃないのか? 彼女の答えもまた、俺の予想とは違っていた。


“今のおまえの生き方が、望みどおりの生き方なのか?”

“望もうと望まなかろうと、他の生き方はなかったわ”

“孤児院は、事件に巻き込まれて爆破されたそうだな。それから、何があったんだ?”


 俺が孤児院のことに触れるとミリーは悔しそうな顔をした。


“多分、あなたの予想通りよ”


 孤児院が爆破され、ミリーを含む生き残った者達十二人が路地裏に身を寄せ合って生活を始めた。

 浮浪者となってしまった子供達に誰も救いの手を差し伸べてはくれず、その日その日を必死に生きてきたミリー達は、しかし一人また一人と、息絶えていったそうだ。


 そして二年前、大寒波に見舞われた冬、最後に残ったミリーとウィリス――人狼の男も、食べる物も尽きてあと数日生きられるかどうかという極限の状態まで追いやられた。


 そこへ現れたのが、エンハウンスだった。自分に協力するなら生き残らせてやる、というヤツの言葉にすがり、ミリーは吸血鬼に、ウィリスは人狼となってエンハウンスの目的のために動いていた、ということらしい。


 仲間達が死んでいくのをどうすることもできなかったから、今回、俺にも同じ思いを味わわせてやろう、ということか。


“もうエンハウンスはいない。なぁ、ミリー、もし、まっとうに生きられるのが可能なら戻りたいとは思わないか?”

“できるわけないでしょ、いまさら。どうせこの世界はあと少しで滅ぶのよ。生き残るにはこちらにつくしかないわ”

“そんなことはさせない。あきらめるなよ”


 俺の言葉にミリーの目つきがさらに鋭くなった。


“あきらめるな? ふん、本当のつらさを判ってないお坊ちゃんらしいわね。金持ちに拾われてぬくぬくと生きてきたあなたに、何が判るって言うのよ!”


 ……ぬくぬくと生きてきた?

 かちんときた。


“おまえだって、俺がどんな思いで生きてきたか、判りもしねぇだろ! くいっぱぐれることがないってだけでぬくぬくと生きているっていうなら大間違いだぞ”

“わたし達はその最低限のことでさえままならなかったのよっ”


 しまった。つい。

 一つ、大きく息をついて、心を落ち着ける。

 ミリーは俺を見て、ふん、と鼻を鳴らす。


“……結局、判りあえないってことよね。話し合うだけムダよ。これからわたし達があなた達を殺して、それでおわりよ。後は復讐を果たすだけ”

“復讐? 誰に対する復讐だよ”


 俺らを殺した後に、誰に恨みを晴らすっていうんだ。


“わたし達を見捨てた社会によ。まともに生きようと思っても生きさせてもらえなかった。世界が、わたしたちを先に見限ったのよ。その世界に復讐するの”


 頭を殴られたかのような衝撃だ。

 そうだ。ミリーは、その日を生きるのに必死な中で、あのノートの研究をしてたんだ。

 きっとただの勉強だけじゃない。あの成果を生かしてどうにか自分達も安定した生活を送れるようにならないかも試したに違いない。


“だったら滅ぼすのとは違う方法で世界をあっと言わせてみればいいだろう。おまえにはそれができる”


 俺はあのノートを取り出そうとした。だがそれよりも早くミリーは“無理よ”と断じる。


“この世界はじきに滅ぶのよ”

“滅ぶと決まったわけじゃない。滅ぼさせない”

“滅ぶわ。アレをみたら、誰だってそう思うわ”


 アレ?

 まさか、ダンジョンの奥に封じられているという、邪神?


 ミリーはもう今の世界が滅んで、自分達が生き残った数少ない人間の頂点に立つことしか考えていないんだな。

 ならば、その考え自体を覆さないと説得は無理か。


“判ったよ。俺達の勢力が、その『アレ』をどうにかできるかもしれないと思えればいいんだろ? 力づくでも、連れ帰る”

“やれるものなら、やってごらんなさい”


 ミリーはすらりと武器を抜いた。


 もう一度話してこちらの言い分に耳を傾けさせるには、戦って勝つしかないな。

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