人数分は、間に合わない
リカルドさんの重い声が、部屋の空気を揺らした。
“襲撃を受けた人達は「テ・ミュル」に感染しています”
やっぱりか。
“元々このウィルス……、本当はウィルスではないが性質が近いのでそう定義して、テ・ミュルはそれを宿している生物の体内でしか生きられないのです。感染もそれらの生物から触手などを刺して直接送り込まれない限りありえないものでしたが、このたび被害者の体内から見つかったウィルスは、武器に塗って使用できるように改良されています”
そんな改良ができるヤツが、ミリー達の中にいるってことか。
“元々の形を変えている影響か、活動は元のウィルスより弱いのですが感染者の意識が戻らない以上、このままでは彼らもいずれ変異が始まってしまいます。そうなっては、もう、手の施しようがない……”
リカルドさんが、整えられた鮮やかな金髪をくしゃりと掻きあげ、荒い息をつく。
彼のこのしぐさだけで、今まであれこれ調べたけれど有効な解決策がまだ見つかっていないのだと推し量れる。
“ワクチンや治療薬を作ることはできないのですか?”
“急いで調べていますが、なにせ手が加えられているから、短時間では難しいのです。被害者の変異が始まる方が先、でしょうね……”
変異が始まる。つまり魔物化するということだ。
リカルドさんも言っているが、そうなってはもう止める手段はない。……理性を失った被害者はもはや人間を害するものでしかなくなってしまう。もちろん、討伐の対象になってしまうんだ。
“彼女”
リンメイを指差す。
“ウィルスの抵抗に成功してます。抗血清を作ることができませんか?”
俺の提案にリカルドさんは、うん、とうなずいた。
“試してみる価値はあるでしょう。黒崎君も手伝ってくださいますか?”
“もちろん”
それじゃ早速、ということでリンメイに事情を説明する。
「リンメイをここに連れてきたのって血を抜くためアルかっ」
「抜きすぎないようにするから」
「ひぃぃっ」
悲鳴を上げたがみんなが助かるためだと説得すると、しぶしぶながら承知してくれた。ありがたい。
夜までかかって、どうにかウィルスの性質を調べ終えることができた。
ウィルスの感染力はかなり弱くなっている。健康体、特に異能者は軽く抵抗できるだろう。だが意識を失ってしまうと抵抗力ががた落ちになるから感染は避けられない。
変異までの「潜伏期間」は一般人で一週間、異能者で十日、と見込まれる。
あと、リンメイの血液から抗血清を採れないかと試したが、そもそも抗体が検出されなかったので無理だった。ウィルスの抵抗に成功すると、ウィルスは消滅するようになっている。
そういえば元々そういう性質だったっけな。そこはきっちり残されてるなんて、ミリー側にいるヤツはすごい才能の持ち主だな。
“使用した相手がこれを作ったとなると、連中がワクチンも持っている可能性もありますよね?”
リカルドさんに尋ねると、首肯した。
“まともな考えの持ち主であれば、まず間違いなく作っているでしょう。万が一、自分達が事故で感染する可能性もありますから”
だよな。といっても連中はこまめに移動しているから見つける方が時間がかかりそうだけど。その辺りは富川さん達がやってくれているだろうから任せるしかない。
さらに徹夜で研究所にこもって抗体を作り出すのに専念する。
もうみんなかなり疲労がたまっていてフラフラだけど、何人もの人の命がかかってるんだ。ここで頑張らないと、な。
なんとか形になりそうなのは明るい兆しだが、……変異までの時間を考えると、おそらく全員分は間に合わない。
リカルドさんにことわりを入れて研究室を出て、パーティメンバーに状況を説明する。
「治療薬は、全員分の生成は難しい」
俺の一言で、皆の顔が曇る。
「今どれくらい犠牲者がいるアルか?」
「うちの家政婦と彼女の娘、娘の友人三人、亜里沙の両親、ヘンリーの教会のシスターは?」
「九人ですね」
「あと、リンメイの近所の農家の人も運ばれて来たそうだ」
「家族が襲えなかったからって、近所の人っ? すごいとばっちりじゃないっ?」
亜里沙の驚き声に、まったくだとうなずく。
十七人か。
「薬は、最初に作れるのが四人か五人分だ」
あとは多分間に合わない。今のままだと、その四人か五人しか助からないということだ。
そんな話をしていると、富川さんがやってきた。
いい話ならいいけどと彼の顔を見るが、難しい顔をしているから、あまりいい報せじゃないのかもしれない。
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