恐怖を越えて
修行場には俺はバイクで、他のメンツはジョージの運転する車で――。
何か言いたそうな亜里沙の視線が刺さってきたっ。
「えっと、亜里沙、俺の後ろ乗る?」
「うん」
「えー? それならリンメイがくろちゃきの後ろがいいアルよ」
割り込んでくるなし。
「おまえら、なかなか愉快な関係だな」
ジョージがニヤニヤしている。
「ややこしくなるなら、二人ともジョージの車に乗ってくれ」
ぶーたれるリンメイと、しゅんとなる亜里沙を強引にジョージの車に押しやって、バイクにまたがった。
修行場はかなり山の中に入って行ったところだ。どれくらい運転してるだろう。二時間ぐらいか?
いや、その感覚すら、なんだか怪しい。何か時間や空間が惑わされるような感じがする。
「ここからは歩きだ」
少し開けたところに車を停めたジョージが、続いてみんなが降りてくる。
えーっと、確かこっちで、とごにょごにょ言いながらジョージが山道に入って行く。
しばらく狭い木々の隙間を縫うように歩くと、唐突に視界が開けた。不自然なほどに広い空間だ。
「すみませーん。連れてきましたー」
ジョージが言うと、唐突に女の人が現れた。髪の長い、和風美人な女性だ。和服がよく似合ってる。
なるほど、この空間自体が結界の中、って感じなんだな。
「それじゃおれはこれで。黒崎、修行が終わったら連絡をくれ。みんな頑張れよ~」
ジョージは笑顔を残して離れていった。
「ようこそ。私は
「わたしです」
亜里沙が進み出る後ろについて「技を教えてもらうのは彼女で、俺らは鍛錬の場を貸してもらえると聞いてきました」と付け足した。
華鈴さんはうなずいて、亜里沙と、俺らを見回す。
「勇者の剣技を会得する資格はありそうですが、まだ少し力が足りませんね。あなたも他の人達とまずは鍛錬をしてきてください」
言われて、俺らが連れてこられたのは、洞窟の入口だ。ダンジョンアタックをして鍛えろってことか?
華鈴さんを見ると、うなずいた。とにかく中へ行けってことだな。
みんなを見る。
「行きましょう」
亜里沙の声に、みんなでうなずいた。
まさか罠とかないよなと考えるのは「職業病」みたいなものかとひそかに笑いつつ、先頭に立って中に入る。
周りは綺麗に石で組み上げられている。石自体が仄かに光を放ってるところが、あのダンジョンと似ているな。
一本道だ。どこまで続くんだろう。そんなに奥に長いふうには見えなかったが……。
あっ? みんなが、いない。
暗い通路に一人残されてしまった。とにかく先に進もうか。
一人になったと気づいてからすぐに、広い空間に出た。
ここが鍛錬の場?
ふっと、人影が現れた。
息を呑んで、身構える。
――エンハウンス!
まさか、罠?
いや、まさか、な。
華鈴さんが状況にあわせて敵を用意してくれたってことか?
……なんにしても、やるしかないってことだ。
エンハウンスがにやりと笑って手招きをする。そんな余裕なところ、そっくりだな、ムカつくっ!
開眼の短剣を抜いて、切りかかる。
エンハウンスも、大剣で反撃してきた。
俺の攻撃は当たるが、決定的なダメージにはならない。逆に、エンハウンスの攻撃は当たらないが、もしもかわしそこねたら、一気に大ダメージ、下手をすると行動不能だ。
一発でやられるかもと考えると、正直、怖い。
けれど亜里沙を守るには、ヤツの計画を止めるには、戦って勝つしかないんだ。
何度か交錯する。
こちらの攻撃の後の隙に、エンハウンスが大剣を振り下ろしてくる。
耳のそばを、すさまじい風切り音が通り過ぎる。
ヤバい、緊張の糸が切れそうだ。
またヤツの剣が腹をかすめる。
こいつは疲れを知らないんだな。そういう面でも俺の方が圧倒的に不利だ。
大技を放って有利な状況に持って行くしかないな。
エンハウンスの攻撃を回避して、腕を前に突き出し集中する。
炎が右手に集まり始める。
全力で行きたいところだが「反射ダメージ」を受けてしまってはエンハウンスの反撃がかわせなかった時に一発でやられてしまう。
コントロールだ。集中しろ。
今が一番効率よく技を放てるタイミングだ、と、直感が働いた。
「業火にのまれろ! 『炎竜波』」
手から解き放たれた竜がエンハウンスに絡みつく。
ヤツが苦悶の表情を浮かべた。
このチャンスを逃さない!
「すべをを壊す 『崩壊の赤眼』」
エンハウンスの弱点がはっきりと見える。
反撃に転じてきた大剣のひと薙ぎを紙一重でかわして、前へと踏み出す。
一瞬、ヤツに打ち倒された時のことを思い出すが、臆しては駄目だ。
致命の点を貫け!
体重を乗せた腕を繰り出す。刃は、エンハウンスの胸を貫き――。
ヤツの姿が掻き消えた。
――勝った、勝てた!
ペタンとその場に座り込む。心臓の音が怖いくらいに速い。とめどなく流れる汗に、どれだけ緊張していたのかが今更のように判る。
ふと気が付くと、俺は外に出ていた。
午前中に着いたはずなのに、空がオレンジ色に染まりかけている。
……夕方っ?
「お疲れ様」
涼やかな声が耳を打った。華鈴さんだ。
「時間の感覚が、おかしくなってるな」
「あの部屋は精神が加速している状態になるのです。あなたはきっと数十分、いえ、そんなにも経ってないぐらいの感覚でしょうか。しかし実際には半日以上、鍛錬をしていたことになるのです」
それでこんなに疲れてるのか。
でも短期間で修行したい時には、便利だなぁ。
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