お礼のチュウ

 数種類いる魔物にEーフォンを向けて連続撮影する。

 データベースと照合して、出てきたのは一種類だけだった。


『グレートマンティス

 特殊攻撃1 突進攻撃 突進の構えを見せてから攻撃までが短く回避が困難

 特殊攻撃2 凍結ブレス 地面に向けて凍結ブレスを吐く。当たると足が麻痺し、動きを阻害されるので注意

 通常攻撃 巨大なカマの手で素早い攻撃』


 前にいたカマキリとそう変わらないな。

 他の二種類はまだデータベースにはなかったが、やっぱり以前戦ったビーストと、花の魔物がもうちょっと強力になった感じのだ。それぞれ二体ずつ。


 ってことは。


「カマキリの突進前に散会。ビーストをヘンリーと亜里沙、俺は花をやる。魔法組は攻撃魔法でカマキリを。できれば前衛へのアシストも頼む」


 言いながら右前方へと走る。

 すぐにみんなの合意の声がした。


 リンメイがタブレットで撮影して照合するのを待たなくてよくなった分、動きやすくなったな。作戦本部も実働部隊のためにあれこれしてくれているのを実感して、感謝する。


 俺をビーストが追いかけてこようとするが亜里沙が間に入ってくれた。


 リンメイとラファエルの防御、攻撃アシストをもらって、大回りした俺は奥の花に突っ込む。


「すべてを壊す。『崩壊の赤眼』」


 スキルを発動して、弱点に短剣を――。


 痛っ。

 左目が……。頭が……。


 エンハウンスと戦って瀕死になった時の、あの痛みに襲われる。


 立ち止まった俺に、リリーがブレスを吐いてきた。

 体が、痺れてくる。


『全てを壊せ、世界を壊せ、壊せ壊せ壊せ』


 頭の中の声が強くなる。

 そうだ、何もかも壊して――。


「章彦くん!? 大丈夫?」


 亜里沙の声がすぅっと頭に入ってきて、正気を取り戻した。

 全てじゃない。目の前の敵を倒す。


 痺れる体を奮い立たせて、短剣を構えなおす。

 この体の動きじゃ長く戦うのは不利だ。狙うは、花の中央の一番大きな弱点。


 MPを追加消費して、地を蹴った。


 倒れろ!


 狙いどおり、大弱点に刃が突き刺さる。一撃で、花はくたりと地面に崩れて、消えていった。


 残る花にも向かおうとする俺に、リンメイの魔法がかかる。いわゆる「状態異常」を消し去ってくれる魔法だ。体の痺れが嘘のように消えた。


「サンキュ、リンメイ!」

「お礼はほっぺにチュウでいいアルよ」


 歌い出しそうな声で言われて苦笑した。


 もう一体の花をあっさり倒して振り返り、戦局をしっかりと確認する。


 亜里沙とヘンリーはビースト相手にちょっと苦戦している。

 カマキリがリンメイとラファエルに突進して、二人も結構ダメージを食らったみたいだがラファエルの攻撃魔法で弱らせることができたみたいだな。


 だったら俺の次のターゲットはあいつだ。


 こっちに向けてる背面の中央、狙いやすいところが大弱点だ。追加でMPを消費させるまでもない。銃に持ち替えて、狙いを定めて引き金を引く。


 ちょうどリンメイを狙ってカマを振り上げたところだった。リンメイの「攻撃イヤー!」の声と銃声が重なった。


 腕を振り上げた格好のカマキリがびくんと大きく震えて、動きを止め、光となって消えていく。

 間に合ったな。


「くろちゃきー、ありがとうアル。お礼にほっぺにチュウするアル」

「いらねぇ」


 ほっぺにチュウ好きだなおい。


 敵が二体に減るとこちらに一気に有利になる。リンメイ達の魔法は使わなくてもビーストを倒すことができた。

 回復の魔石を集める。MPと闘気の魔石だな。


「さ、くろちゃき、ほっぺにチュウアルよ」


 リンメイが自分の頬を人差し指でつんつんしている。


「……判った」

「章彦くん?」


 亜里沙が驚いて俺を非難めいた目で見てくる。


「いつも魔法で助けてくれてるからなー」


 にやっと笑うと亜里沙も何も言わなくなった。


「リンメイ、目を閉じろ」

「はずかしいアルね? くろちゃきウブネ」


 ……ちょろっ。

 俺は目を閉じて期待顔のリンメイの頬に、マジックで素早く「中」と書いてやった。


「面白いチュウの仕方アルねー」


 目を開けて喜んでいるリンメイに、亜里沙をはじめパーティメンバーが生温かい笑みを送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る