柔らかいところが狙われやすいのは定石

 まずは俺が気配を殺して手近なモスに攻撃を仕掛ける。

 敵が俺に狙いを定めていっせいにに飛んできたところに聖が『薙ぎ払い』でまとめて斬る。

 これで最初に攻撃したヤツがかなりふらふらになっている。


 よしよし、順調。


 ヘンリーがとどめを刺すと踏んで二匹目に斬りかかった。が、ヘンリーの攻撃はかわされてしまったみたいだ。まぁ仕方ない。敵も生きるのに必死だ。

 聖が最後の一体に向き合って、一対一の戦いとなった。


「今のところ支援魔法いらないアルね」


 後方でリンメイがつぶやいた。そうだな、と返しておく。ダンジョンに入って最初の戦闘で、しかもこちらが少し有利な状況ならMPは温存しておく方がいい。


 ヘンリーの大剣がモスを叩き落とした。

 これで三対二だ。楽になった。


 だが敵は飛行体だ。俺らの攻撃範囲から離れた高い位置へと移動する。

 体当たりや急降下からの吸血狙いの攻撃をかわし、俺らも武器を振るうがこちらの攻撃もなかなか当たらない。


 これはリンメイに魔法を撃ってもらうしかないかな。とか考えてたら。


 モス達が上空でぴたりと静止した。

 一瞬ののちに一直線に急降下。

 ――リンメイにっ。


 予想外の動きに聖もヘンリーも「あ」と短い声を漏らした。


 咄嗟に短剣を投げた。一匹に命中して地に落ちる。

 けれど今手にしてたのはそれだけで、もう一体への攻撃手段がない。


「いやあぁぁっ。――っぎゃあぁぁっ!」


 慌てて逃げようと背を向けたリンメイの尻に、モスの口が突き刺さった。

 ちゅぅぅ、とコミカルな音に思わず笑いそうになるが笑っちゃいけない状況だ。


「ど、どうしよう。今攻撃したら余計に刺さらない?」


 聖がおろおろしている。


「なら、引っこ抜くしかないな」


 俺がモスの後ろから胴体を掴み、聖とヘンリーがリンメイの手を持って引っ張った。

 思っていたよりもあっけなく引き離せてよかった。

 俺はモスを地面に叩きつけて、さぁとどめは聖あたりに――。


「なにすんの許さないからっ! ぶっ殺す」


 リンメイ、中華キャラを装う余裕がなくなったか。


「貫け! 『闇の矢』」


 名前通りの黒い矢がモスの胴体を綺麗に撃ち抜いた。


「とにかく、勝利だな」


 わりと余裕で。


 一人ぜぇぜぇと息を切らしているリンメイは、ちょっとかわいそうだが。


 ジャイアントモスからは特にアイテムなんかはドロップしなかった。使えそうな素材を切り取って収納ボックスに入れる。


 改めて部屋を見回すと、奥の壁に赤いスイッチがある。宝箱もあるな。

 今度はリンメイも罠探知と解除がすむまでおとなしく待っていた。先の経験が生きているようでなによりだ。ここで「わーい宝箱アルー」とか突っ込まれてたら広範囲の電撃に撃たれるところだった。


 箱の中には赤い宝石が二個と、青い宝石が三個だ。

 青の宝石は前に手に入れたMP回復魔石だ。ということは赤はきっとHPだな。


 鑑定をして予想通りだと判明する。リンメイに赤を二個と青を一個、聖もスキルを使ってたから青を一個渡した。


「くろちゃきー、お尻痛いヨ。なでなでして」

「なんで俺がそんなことをしないといけないんだ」

「リンメイとくろちゃきの仲アルから、セクハラで訴えたりしないヨ」

「お二人はそういうご関係ですか」

「今までのやり取り見て違うって判らないなら神父やめちまえ」

「黒崎は照れ隠しをしているのかと思いました」


 にやりと笑われる。わざとだな。


「ちょっと先見てくる。回復とかしとけよ」


 ばかばかしいやり取りに付き合ってられっか。


 真ん中の部屋に戻ると赤のレーザーフェンスが消えていた。ということは左の通路の先に青のを解除するスイッチがあるだろう。

 左の通路の罠とか調べておこう。


 ……やっぱりあったな、ダミーの罠スイッチ。一度どっちかで引っかかったヤツが同じ手にかかるとは思えないけどご丁寧に同じ作りの罠だ。

 岩が落ちてこないよう、解除しておく。


 さすがにこの先は一人で偵察は危険かな。

 中央の部屋に戻って、ため息をつく。


 パーティの雰囲気が悪くないのはありがたいけど、賑やかすぎるのも疲れる。

 さっさと探索を終わらせて部屋で休みたいな。


「黒崎くん、大丈夫?」


 右の通路から聖が来た。


「ん? 別に何もないぞ」

「それならいいけど。疲れてるみたいに見えたからちょっと心配しちゃった。ごめんね、ダンジョンの探索を黒崎くんだけに押し付けて」


 疲れてるのは確かだが探索で疲れてるわけじゃないんだよな。


「謝らなくていいよ。俺の役割だし。そのかわり俺は攻撃力そんなに高くないから聖がその分、やってくれれば」


 応えると、聖はぱぁっと笑顔を輝かせた。


「うん。黒崎くん、優しいね。ありがとう」


 どきっとする。また魅惑の視線か。

 ……けど、ちょっと、嬉しかったりする。

 あんまり、お礼とか言われたことないからな。


 できて当たり前、やって当然。そんな感じできたから。父さんはそんなふうに強制なんかしないけれど、俺が自分に枷を付けていたのもあるし、学校や職場の環境がそれに近かったのもある。

 ありがとう、と言われるのって嬉しいんだな。


「ひじりん抜け駆けは駄目アル」

「二股とはやりますね」


 うるさいのが来た。


「ぬ、ぬけがけ、ちがうっ」


 聖まであいつらの軽口にまともにつきあうことないんだぞ。


「さ、休憩できたなら先に行くぞ。通路の罠は解除した。あとは、奥の部屋だな」


 隊列をしっかり組んで、俺らは左の通路に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る